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令和7(行ケ)10103審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和8年8月10日
事件種別 民事
当事者 原告
被告特許庁長官
対象物 眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ
法令 特許権
特許法36条6項1号1回
キーワード 審決19回
実施5回
拒絶査定不服審判2回
優先権2回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間
事件の概要 本件は、後記本願の出願人である原告が、被告に対し、拒絶査定不服審判請 求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。

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判決文

令和8年8月10日判決言渡

令和7年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 令和8年6月15日

判 決

原 告 X

同訴訟代理人弁理士 西 村 啓 一

松 崎 隆

被 告 特 許 庁 長 官

同 指 定 代 理 人 藤 原 浩 子

川 口 裕 美 子

天 野 貴 子

北 村 英 隆

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間

を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が不服2023-7349号事件について令和7年6月20日にした審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は、後記本願の出願人である原告が、被告に対し、拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがないか、又は当裁判所に顕著な事実)

⑴ 原告は、発明の名称を「眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ」

5 とする発明について、平成30年6月13日、特許出願(特願2019-569356号。優先権主張日:平成29年6月16日及び平成30年1月31日、優先権主張国・地域又は機関:アメリカ合衆国。以下「本願」という。)をした。

⑵ 原告は、本願に係る審査手続において、令和5年1月10日付けで拒絶査定を受けたため、同年5月8日、拒絶査定不服審判を請求した。

⑶ 特許庁は、上記審判請求を不服2023-7349号事件として審理し、令和7年6月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年7月9日に原告に送達された(出訴期間90日附加)。

⑷ 原告は、令和7年11月4日、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。2 特許請求の範囲及び明細書の記載

⑴ 原告が令和7年1月15日に提出した手続補正書(甲17)による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、以下のとおりである(以下、この発明を「本願発明」という。)。「眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマであって、少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマと、アクリルモノマ、シリコーンモノマ、ビニルモノマ、および/またはコラーゲンモノマから選択される少なくとも1種の他のモノマと、が共重合されることにより得られ、前記少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマは、第4級アンモニウム系塩モノマであり、前記第4級アンモニウム系塩モノマは、メタクリロイルオキシドデシルピリジニウムブロミド(MDPB)、メタクリルオキシエチルセチルアンモニウムクロリド(DMAE-CB)、2-メタクリルオキシエチルドデシルメチル

5 アンモニウムブロミド(MAE-DB)、2-メタクリルオキシエチルヘキサデシルメチルアンモニウムブロミド(MAE-HB)、および/またはビス(2-メタクリルオキシエチル)ジメチルアンモニウムブロミド(IDMA-1)から選択されて、前記眼内インプラントの表面に存在する、生物が元来有している細胞の増殖が抑制される、ことを特徴とする細胞増殖抑制性ポリマ。」

⑵ 本願に係る明細書及び図面(甲5。以下「本件明細書」という。)には、本願に係る発明について以下の記載がある(以下、その段落番号を【】で示す。)。ア 技術分野本開示は、少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマと、アクリルモノマ、シリコーンモノマ、ビニルモノマ、および/またはコラーゲンモノマから選択される少なくとも1種の他のモノマと、を共重合させることにより得られる細胞増殖抑制性ポリマを対象とする。本開示のコポリマは、細胞増殖抑制性で、透明、不透明、または半透明で、生体適合性で、可逆的に変形可能である。さらに、本開示によるコポリマは、眼内インプラントデバイスに使用され得る。(【0002】)イ 背景技術眼インプラントの周りの細胞増殖は、デバイスの臨床的有効性を減じ得る。眼内インプラント手術後の非制御の細胞増殖は、多くの場合、結果として視力喪失をもたらす。(【0003】)提案されている代替の方策の1つは、細胞増殖抑制性化学物質でインプラントの表面を被覆するか、または細胞増殖抑制性化学物質を同表面に共有結合させることである。この方法の限界は、被覆または共有結合した化学物質が、インプラントの表面から浸食され得ることである。したがって、これらのタイプのインプラントの細胞増殖抑制特性は、時間と共に低下し、

5 患者への手術の結果を悪化させ得ることが予想される。(【0006】)提案されている別の方策は、眼内インプラントのポリマに細胞増殖抑制性金属イオンを注入することである。金属イオンをポリマに注入した場合、金属イオンは、拡散によりポリマを通ってポリマの外へと自由に移動できる。金属イオンは、ポリマ構造自体とは共有結合しない。ポリマの外への金属イオンの拡散は、有毒となり得る。拡散により金属イオンがポリマから枯渇するため、ポリマの細胞増殖抑制特性は低下し、したがって、移植されたデバイスの効力も低下するであろう。(【0007】、【0010】)ウ 発明が解決しようとする課題前述の理由から、先行技術の限界を有さない、眼内インプラント手術後の細胞増殖を減らすための改良された新規の方法が必要とされている。(【0011】)エ 課題を解決するための手段本開示は、少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマと、アクリルモノマ、シリコーンモノマ、ビニルモノマ、および/またはコラーゲンモノマから選択される少なくとも1種のモノマと、を共重合させることにより得られる細胞増殖抑制性ポリマを提供する。本開示のコポリマは、細胞増殖抑制性で、生体適合性で、可逆的に変形可能である。これらの特徴は、小さな切開部を通じた移植のために設計された眼内インプラントの最適な機能にとって望ましい。さらに、コポリマの表面だけでなく、コポリマの全体が、細胞増殖抑制特性を有するため、このタイプのコポリマから作製された眼内インプラントは、たとえインプラントの表面が、時間と共に浸食されても、それらの細胞増殖抑制特性を失わないであろう。このことは、瞬きがポリマ材料の浸食を引き起こすような、眼の表面に曝される眼内インプラントにとって特に重要である。本開示のポリマの表面が浸食された場合、表面の下の細胞増殖抑制性ポリマは、依然として細胞増殖を抑制し、

5 それにより、インプラントの機能を最適化し続けるであろう。(【0012】)オ 発明を実施するための形態本開示は、少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマと、アクリルモノマ、シリコーンモノマ、ビニルモノマ、および/またはコラーゲンモノマから選択される少なくとも1種の他のモノマと、を共重合させることにより得られる細胞増殖抑制性ポリマを対象とする。本開示のコポリマは、細胞増殖抑制性で、生体適合性で、可逆的に変形可能なコポリマである。さらに、本開示にかかるコポリマは、眼内インプラント型デバイスに使用され得る。(【0017】)一実施形態において、細胞増殖抑制性モノマは、第4級アンモニウム系モノマから選択される。第4級アンモニウム系モノマの例は、メタクリロイルオキシドデシルピリジニウムブロミド(MDPB)である。MDPBは、歯科用接着剤および歯科用樹脂と共重合する場合、虫歯のリスクを減らすために使用されている。さらに、MDPBが哺乳動物細胞の増殖を抑制することも分かっている。第4級アンモニウム系モノマの別の例は、モノマのメタクリロイルオキシエチルセチルアンモニウムクロリド(DMAE-CB)である。(【0018】)3 本件審決の理由の要旨

⑴ 発明の詳細な説明の記載及び特許請求の範囲の記載から、本願発明の課題は、眼内インプラント手術後に、眼内インプラントの表面に存在する、生物が元来有している細胞の増殖を抑制するための眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマを提供することであると認められる。一方、発明の詳細な説明には、実際に「本願発明の共重合ポリマ」を製造して「眼内インプラント用」という用途に用い、「眼内インプラント手術後に、前記眼内インプラントの表面に存在する、生物が元来有している細胞」(以下「眼内に存在する、生物が元来有している細胞」ともいう。)の増殖が抑制さ

5 れたことを直接確認した実験結果等の記載はない。また、発明の詳細な説明には、本願発明の「第4級アンモニウム系塩モノマ」から選択されるモノマが、実際に「眼内に存在する、生物が元来有している細胞」の増殖を抑制する作用を有することを直接確認した実験結果等の記載もない。なお、本願発明の「第4級アンモニウム系塩モノマ」の一つであるMDPBについて、発明の詳細な説明には、「哺乳動物細胞の増殖を抑制することも分かっている」という記載がある。しかし、上記「哺乳動物細胞」が、どのような哺乳動物におけるどの部位の細胞であるのかについて説明する記載はないのであるから、MDPBが「眼内に存在する、生物が元来有している細胞」の増殖を抑制する作用を有することを当業者が認識できるとはいえない。したがって、発明の詳細な説明の記載から、「本願発明の共重合ポリマ」が「眼内に存在する、生物が元来有している細胞」の増殖を抑制する作用を有するとはいえないから、本願発明によって課題を解決できることを当業者が認識できるとは認められない。

⑵ 眼内インプラント及びポリマに関する技術分野において、第4級アンモニウム塩モノマ又は当該モノマを用いて製造されたポリマが「眼内に存在する、生物が元来有している細胞」の増殖を抑制する作用を有する、という技術常識があったとはいえないから、技術常識を参酌しても、本願発明によって前記課題を解決できることを当業者が認識できるとはいえない。

⑶ 仮に、本願発明の「第4級アンモニウム系塩モノマ」が、原告が挙げる参考文献に記載されている塩化ベンザルコニウム等と同等の作用を有するとしても、当該モノマを用いて製造された本願発明の共重合ポリマは生体適合性を欠くポリマであって、そもそも「眼内インプラント用」に用いることはできないから、本願発明によって前記課題を解決できることを当業者が認識できるとはいえない。

5 ⑷ 以上のとおり、本願発明は、発明の詳細な説明の記載から、本願発明の課題を解決できることを当業者が認識できる範囲のものであるとはいえず、技術常識に照らしても、本願発明の課題を解決できることを当業者が認識できる範囲のものであるともいえないから、本願は、その特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号所定の要件(サポート要件)を満たしていない。

第3 当事者の主張

(原告の主張)

する取消事由)原告は、本件審決には、⑴サポート要件の判断枠組みの誤り、⑵課題解決可能性に関する認定の誤り、⑶生体適合性に関する判断の混同・誤りがあり、⑷サポート要件違反とした総合判断部分に違法がある旨主張するものである。

⑴ サポート要件は、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を通じて、

当業者が課題解決可能性を合理的に理解し得ることを求めるものであり、実施例やデータが全ての条件・対象細胞について網羅されていることまでは要求されない。特に医療・バイオ分野においては、作用機序が共通し技術常識として確立している場合、対象細胞が異なっていても個別の実験データは不要である。本願発明は、①作用機序(第4級アンモニウム基の正電荷と細胞膜の負電荷との静電的相互作用)が明確で技術常識として確立しており、②本願発明における5種の細胞増殖抑制性モノマは、この作用機序を決定する本質的構造要素であるカチオン性中心を共通に有しており、③眼内細胞も他の哺乳動物細胞と同様に負電荷を帯びた細胞膜を有することが技術常識であり、④上記モノマをポリマに固定しても作用機序が発現することが技術常識であるという前提に立脚している。そして、これらの技術常識を総合すれば、当業者は、眼内細胞に対する個別の実験データがなくとも、本願発明により課題が解決されると合理的に認識できる。ところが、本件審決は、眼内細胞に対する直接的実験データの有無に過度に依拠し、上記の法理及び技術常識による

5 推論可能性を看過したものであり、サポート要件の要求水準を不当に高く設

定した違法がある。

⑵ 上記⑴①の技術常識が確立しており、②~④の技術常識も文献で裏付けら

れているから、これらの技術常識を総合すれば、当業者は明細書の記載から本願発明により課題が解決されると合理的に認識できる。ところが、本件審決は、細胞膜の物理化学的共通性という本質的観点を看過し、上記の確立した技術常識の存在を看過又は誤って評価したものであり、明細書の記載及び技術常識の総合評価を誤った違法がある。

⑶ 本件審決は、本願発明の共重合ポリマは生体適合性を欠くポリマであって、

そもそも眼内インプラント用に用いることはできないと解するのが自然であると述べ、これをサポート要件否定の理由の一部とした。しかし、生体適合性は、特許法上の実施可能要件、医療機器規制法、設計事項・実施態様の選択等の枠組みで判断されるべき事項であり、サポート要件の判断対象ではない。また、特許法が保護するのは「技術思想」であって、商業的に実用可能な「完成品」ではない。さらに、本願発明における「細胞増殖抑制」は、壊死レベルの細胞死ではなく、増殖速度の低下・付着抑制を含む広い概念であるし、本願発明の第4級アンモニウム系塩モノマは共重合によりポリマ中に固定化され、溶出しない点で塩化ベンザルコニウム等の遊離型第4級アンモニウム系化合物とは作用態様が根本的に異なる。第4級アンモニウム系化合物は眼科領域で一般に使用されており、第4級アンモニウム基を含むという事実を理由に眼科用途に不適と評価すべき根拠は存在しない。したがって、本件審決は、サポート要件と生体適合性という別個の判断枠組みを混同し、特許法が技術思想を保護するものであることを看過し、本願発明の技術的特徴(固定化構造、作用態様)を誤解したものであって、法令の解釈適用を誤った違法な判断である。

5 ⑷ 以上はいずれもサポート要件該当性の判断に直接関わる重要な判断要素で

あり、これらの違法を排除した場合には本件審決と同一結論に至るか否かについて合理的な疑いが残ることは明らかであるから、本件審決は、違法であり、取消しを免れない。

(被告の主張)

⑴ 本件審決は、実験結果の不在のみを根拠としてサポート要件違反であると

は判断しておらず、「眼内細胞に対する直接的実験データの有無に過度に依拠」してもいない。原告が主張する各技術常識については以下のとおりであり、本願発明によって本願発明の課題を解決し得ることを当業者が認識できるとはいえないという本件審決の判断に誤りはない。

⑵ 原告が挙げる技術常識は、第4級アンモニウム系化合物の窒素原子が恒常

的に帯びる正電荷と、細胞膜表面の陰性基が帯びる負電荷との静電的相互作用が生じ得ることに留まり、本願発明の共重合ポリマが、眼内インプラント手術後に、非制御に増殖する細胞の増殖を抑制しつつ、非制御に増殖する細胞以外の他の細胞を含む生体適合性を損なう細胞毒性を有しないという非常に微妙なバランスを有する「本願発明の細胞増殖抑制性」を発現し得ることまでには至っていない。そして、上記技術常識を参酌しても、上記静電的相互作用が生じさえすれば、本願発明の共重合ポリマが必ず「本願発明の細胞増殖抑制性」を発現することを当業者が合理的に期待できるとはいえないのであるから、技術常識を総合すれば当業者が本願発明により課題が解決されると合理的に認識できるとはいえない。

⑶ 本件審決は、第4級アンモニウム系塩モノマは「眼内に存在する、生物が

元来有している細胞」に対して重篤な損傷を生じさせるモノマであるから、当該モノマを用いて製造された本願発明の共重合ポリマは生体適合性を欠くポリマであって、そもそも眼内インプラント用に用いることはできないと解するのが自然であるとしたものであって、本願発明の共重合ポリマが「生体

5 適合性を欠く」という理由でサポート要件違反であるという判断はしていな

い。

⑷ したがって、

(原告の主張)

する取消事由に理由がないことは明らかである。

第4 当裁判所の判断

1 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される。これを本件についてみると、本願発明の課題は、本件明細書の記載(前記第2の2⑵)によれば、本件審決が認定したとおり(同3⑴)、眼内インプラント手術後に、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制するための、眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマを提供することにあると認められ、この点は原告において積極的に争っていない。そして、本願発明の眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマは、特許請求の範囲の記載(同2⑴)のとおり、第4級アンモニウム系塩モノマであるMDPB、DMAE-CB、MAE-DB、MAE-HB及びIDMA-1((以下「本願モノマ」という。)から選択される少なくとも1種の細胞増殖抑制性モノマと、アクリルモノマ、シリコーンモノマ、ビニルモノマ及びコラーゲンモノマから選択される少なくとも1種の他のモノマとが共重合されることにより得られるものである。そうすると、サポート要件を満たすというためには、本願の発明の詳細な説明の記載又は出願時の技術常識に照らし、当業者が、上記ポリマを眼内インプラントに用いたときに、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制することを認識できることが必要である。

5 2 そこで、本願の発明の詳細な説明の記載についてみると、本願モノマのうちMDPBは、歯科用接着剤及び歯科用樹脂と共重合する場合、虫歯のリスクを減らすために使用されており、哺乳動物細胞の増殖を抑制することも分かっているとの記載がある(【0018】)。しかし、MDPBのいかなる特性に基づくいかなる作用が「虫歯のリスク」を減らしたり「哺乳動物細胞の増殖を抑制」したりするのかについては何ら記載がない。また、第4級アンモニウム系モノマの別の例はDMAE-CBであるとの記載があるが(【0018】)、DMAE-CBのいかなる特性に基づくいかなる作用が細胞増殖抑制性と関係するのかについても何ら記載がない。さらに、上記MDPB及びDMAE-CB以外のMAE-DB、MAE-HB及びIDMA-1については、発明の詳細な説明に何ら記載がない。加えて、本願モノマから選択された一つのモノマと他のモノマが共重合されることにより得られるポリマを眼内インプラントに用いたときに、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制することについては何ら記載がないし、それを裏付ける実験例等も示されておらず、本件の全証拠を検討してもそのような技術常識があると認めるに足りない。そうすると、本願の発明の詳細な説明の記載又は出願時の技術常識に照らし、当業者が認識できるのは、第4級アンモニウム系塩モノマという広範な化合物群に属する特定の化合物であるMDPBに何らかの哺乳動物の細胞の増殖を抑制する作用があるということにとどまるのであって、本願モノマという特定の5種類の第4級アンモニウム系塩モノマから選択された一つの細胞増殖抑制性モノマと上記4種の他のモノマの一つとが共重合されることにより得られるポリマを眼内インプラントに用いたときに、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制することを認識できると認めることはできない。

3 これに対し原告は、原告の主張する技術常識(前記第3(原告の主張する取消事由)⑴①~④)を総合すれば、当業者は、本願発明により前記課題が解決

5 されると合理的に認識できると主張する。しかし、仮に原告の主張する技術常識が認められるとしても、それにより認識し得るのは、第4級アンモニウム基を有する化合物が哺乳動物細胞の増殖を抑制する作用機序を発現するということだけであって、本願モノマを含む本願発明のポリマが眼内インプラント手術後にその表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を実際にどのように抑制するのかを認識し得ると認めることはできない。すなわち、第4級アンモニウム系化合物の細胞に対する作用は、カチオン性中心の構造を有するというだけで決定されるものでなく、疎水性の構造やエステル構造などの影響も受けることが知られており(乙1)、また、細胞の種類によってその細胞膜の組成等は異なることから、第4級アンモニア系化合物に対する感受性は様々であると考えられる。さらに、特定の第4級アンモニウム系塩モノマが他のモノマと共重合された場合には、遊離状態のモノマとは異なりポリマに固定化され、ポリマ表面に存在するもののみが細胞に対して作用を及ぼし得ることなどから、細胞に対する作用がどの程度となるかは実験的に確認されることがなければ予測することはできないと解される。そうすると、原告の主張する技術常識を総合したとしても、当業者が、本願発明の構成を採用することにより前記課題が解決されると認識できると認めることはできない。

4 原告は、本件審決にはサポート要件の判断枠組みの誤り、生体適合性に関する判断の混同などについても違法があると主張する。しかし、本願がサポート要件を充足しないと解すべきことは以上説示したとおりであり、これらの点に関する原告の主張も採用できない。

5 したがって、原告主張の取消事由は理由がない。

第5 結論

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官

長 谷 川 浩 二

裁判官

伊 藤 清 隆

裁判官

諸 岡 慎 介

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