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平成26(行ケ)10204審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成27年3月11日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社バイオセレンタック
原告コスメディ製薬株式会社
対象物 経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具
法令 特許権
特許法134条の22回
特許法29条1項3号2回
キーワード 審決33回
実施17回
無効15回
新規性7回
無効審判4回
特許権1回
主文 1 特許庁が無効2012-800073号事件について平成26年8月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 被告は,発明の名称を「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び 経皮吸収製剤保持用具」とする特許第4913030号(以下「本件特 許」という。)の特許権者である。

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判決文

平成27年3月11日判決言渡
平成26年(行ケ)第10204号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成27年1月28日
判 決
原 告 コスメディ製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 伊 原 友 己
同 加 古 尊 温
訴訟代理人弁理士 小 林 良 平
同 小 川 禎 一 郎
被 告 株式会社バイオセレンタック
訴訟代理人弁護士 尾 崎 英 男
同 江 黒 早 耶 香
訴訟代理人弁理士 鮫 島 睦
同 山 田 卓 二
同 伊 藤 晃
同 植 村 昭 三
同 加 藤 浩
同 西 下 正 石
主 文
1 特許庁が無効2012-800073号事件について平成26年8月12日
にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
被告は,発明の名称を「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び
経皮吸収製剤保持用具」とする特許第4913030号(以下「本件特
許」という。)の特許権者である。
原告は,平成24年5月2日,本件特許のうち請求項1に係る部分を無効
にするとの無効審判を請求した(無効2012-800073号)。
被告は,平成25年1月22日,訂正請求をした。
特許庁は,同年4月15日,上記訂正を認めた上,「本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をした。
原告は,同年5月8日,知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求めて
訴えを提起した(平成25年(行ケ)第10134号)。
知的財産高等裁判所は,同年11月27日,上記審決を取り消す旨の判決
(以下「第1次審決取消判決」という。)をした。同判決は,同月28日,
被告の上訴権放棄により確定した。
その後,特許庁において,上記無効審判の審理が再開された。
被告は,平成26年2月28日,訂正請求をした(以下「本件訂正」とい
う。。

特許庁は,同年8月12日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請
求は成り立たない。」との審決をし,同月21日,その謄本を原告に送達し
た。
原告は,同年9月5日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正前後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下
線部は訂正箇所を示す。以下,本件訂正前の請求項1の発明を「本件発明」と
いい,本件訂正後の請求項1の発明を「本件訂正発明」という。また,本件訂
正前の明細書を「本件明細書」といい,本件訂正後の明細書を「本件訂正明細
書」という。。

本件訂正前
「【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持され
た目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収
させる経皮吸収製剤であって,
前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリ
コーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸
性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少
なくとも1つの物質であり,
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮
膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製
剤。」
本件訂正後
「【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持され
た目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収
させる経皮吸収製剤であって,
前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリ
コーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸
性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少
なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮
膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤
(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,ある
いは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤,及
び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔
の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出され
ることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)。
3 審決の理由
審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は,原告主張
の取消事由との関係では,以下のとおりである。
ア 本件訂正について
訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製
剤」とあるのを「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,・・・及び経
皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の
中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出され
ることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)とする訂正(以下
「訂正事項3」という。)は,訂正前の請求項1に記載の「経皮吸収製
剤」から「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用
具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態
から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」を除くもので
あるから,特許請求の範囲の減縮に該当し,特許法134条の2第1項た
だし書1号に掲げる事項を目的とするものである。
イ 無効理由について
本件訂正発明は,国際公開第2005/058162号(甲7。以下
「甲7公報」という。)に記載された発明(以下「甲7発明」という。)で
はないから,特許法29条1項3号の規定に該当することを理由として本
件特許を無効とすることはできない。
また,本件訂正明細書の発明の詳細な説明は,本件訂正発明を,当業者
がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると認
められるから,同法36条4項1号に規定する要件を満たしていないこと
を理由として本件特許を無効とすることはできない。
さらに,本件訂正発明は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載さ
れたものであるといえるから,同条6項1号に規定する要件を満たしてい
ないことを理由として本件特許を無効とすることはできない。
審決が認定した甲7発明の内容,本件訂正発明と甲7発明との一致点及び
相違点は,次のとおりである。
ア 甲7発明の内容
「ヒアルロン酸,キトサン,プルランなどの生分解性ポリマからなる所
定方向に延びる皮膚に侵入する医療用針であって,所定方向に垂直な平面
で切断されたとき,先端部からの距離に依存して変化する断面積を有する
三角形形状の断面を有し,所定方向に沿って連続的に一体成形される,断
面積が単調増加する第1拡大領域と,断面積が単調減少する縮小領域と,
断面積が単調増加する第2拡大領域とを有し,第1および第2拡大領域に
おいて最大の断面積を与える最大断面が実質的に同じ形状および断面積を
有することを特徴とし,
医療用針は,内部において所定方向に延び,少なくとも1つの開口部を
有する少なくとも1つの通路,及び,通路に連通し,薬剤を封止する少な
くとも1つのチャンバを有する医療用針の後端部に連結された保持部を有
し,開口部を介して薬剤を体内に徐放させることができるものであるか,
あるいは,
医療用針は,所定方向に垂直な方向に延び,薬剤を収容する複数の縦孔
と,縦孔を封止する生分解性材料からなる封止部を有し,体内に穿刺して
留置しておくと封止部を構成する生分解性材料が徐々に分解され,縦孔に
収容された薬剤を含む微小粒体または粒体を徐放させることができる医療
用針。」
イ 一致点
「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,
目的物質とを有し,
皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製
剤であって,
前記高分子物質は,ヒアルロン酸,キトサン,あるいは,プルランであ
り,
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が
皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,
経皮吸収製剤(但し,経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸
収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保
持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を
除く)」である点。

ウ 相違点
経皮吸収製剤が目的物質を有する態様が,甲7発明では,経皮吸収製剤
(医療用針)に設けられた「少なくとも1つのチャンバ」に「封止」され
るか,「縦孔に収容され」ることにより保持されているのに対し,本件訂
正発明においては,そのような態様を除くクレームとなっている点。
第3 原告主張の取消事由
審決には,本件訂正を認めた判断の誤り(取消事由1)があり,仮に本件訂
正が認められるとしても,甲7発明の認定の誤り及び新規性判断の誤り(取消
事由2),実施可能要件の判断の誤り(取消事由3),サポート要件の判断の
誤り(取消事由4)があり,これらの誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼ
すものであるから,審決は違法であり取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)
訂正事項3に係る目的要件の判断の誤り
審決は,訂正事項3は,訂正前の請求項1に記載の「経皮吸収製剤」から
「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔
の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出され
ることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」を除くものであるから,特許
請求の範囲の減縮に該当すると判断した。
しかし,本件発明は,「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,訂正
事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するというためには,訂正前の特許請
求の範囲から,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するものでなければ
ならない。しかるに,訂正事項3は,経皮吸収製剤という医療用針の使用方
法を限定したものにすぎず,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するも
のではない。したがって,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮には該当し
ない。審決の上記判断は誤りである。
独立特許要件の判断の誤り
仮に,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するとした場合,訂正前
の特許請求の範囲から,いかなる構成・態様の経皮吸収製剤が除かれている
のか分からない。したがって,訂正事項3を認めた審決の判断は,明確性要
件違反という新たな無効理由を発生させるものであり,誤りである。
2 取消事由2(甲7発明の認定の誤り及び新規性判断の誤り)
審決は,甲7公報のうち特定の実施例のみに着目して,「医療用針の後端部
に連結された保持部」あるいは「薬剤を収容する複数の縦孔と,縦孔を封止す
る生分解性材料からなる封止部」を甲7発明の必須構成要素であると認定して
いる(審決書28頁25行目~34行目)。
しかし,実施形態4(図16~18)の記載及び変形例8の記載も踏まえれ
ば,そのように限定された発明を認定すべきではないことは明らかである。
したがって,甲7発明に係る審決の認定は誤りであり,その結果,審決は,
本件訂正発明の新規性判断を誤ったものである。
3 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)
審決は,基剤がヒアルロン酸のみからなる場合についても実施可能要件は満
たされていると判断した。
しかし,被告が審判答弁書で説明したとおり,本件訂正発明も甲7発明も,
一般的な課題解決原理が提示され,その原理が妥当するものを当業者の技術常
識に基づいて適宜認識できるというタイプの発明ではなく,個別具体的な物質
及び製造方法の開示があって初めて発明に包含されるものが理解できるという
タイプの発明であるから,発明の詳細な説明に具体的な開示がないものについ
ては,試行錯誤して作用効果を奏するものを探さなければならない。
そうすると,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,基剤としてヒアルロ
ン酸のみを使用する場合について具体的な記載がない以上,基剤がヒアルロン
酸のみの場合については,本件訂正明細書には,当業者がその実施をすること
ができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。
4 取消事由4(サポート要件の判断の誤り)
前記3のとおり,本件訂正発明は,発明の詳細な説明に当業者が実施できる
程度に記載されていない実施態様を含むのであるから,サポート要件も欠いて
いるというべきである。
第4 被告の主張
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
原告は,訂正事項3は特許請求の範囲の減縮に該当するとした審決の判断
は誤りであると主張する。
しかし,訂正事項3は,本件特許に係る別件の無効審判事件(無効201
3-800146号)において新規性欠如の証拠として提出された国際公開
96/08289号(乙5)に記載された発明と本件発明が同一でないこと
を明確にするとともに,経皮吸収製剤保持用具を用いて皮膚に挿入する実施
態様を本件発明から除外し,本件訂正発明の経皮吸収製剤が保持用具を用い
ることなく皮膚に挿入できる物理的強度を有することを明確にするものであ
る。
すなわち,訂正事項3は,乙5に記載の薬18や本件明細書の図12の経
皮吸収製剤111のように,物理的強度が,経皮吸収製剤保持用具を用いる
ことなく皮膚へ挿入するのに十分でない,物理的強度の弱い経皮吸収製剤を
除くものである。
したがって,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮に該当する。
原告は,訂正事項3は,経皮吸収製剤という医療用針の使用方法を限定し
たものにすぎないと主張する。
しかし,訂正事項3によって請求項1の記載に新たに付加された文言は,
「(但し,・・・経皮吸収製剤を除く)」であるとおり,訂正事項3は,請
求項1に記載の経皮吸収製剤の範囲から,上記の「・・・経皮吸収製剤」を
除くものであって,特定の使用方法を除くなどとは記載していない。
前記 のとおり,訂正事項3は,物理的強度が,経皮吸収製剤保持用具を
用いることなく皮膚へ挿入するのに十分でない,物理的強度の弱い経皮吸収
製剤を除くものであって,「物」から「物」を除外して特許請求の範囲を減
縮するものであることは明らかである。
2 取消事由2(甲7発明の認定の誤り及び新規性判断の誤り)について
原告は,実施形態4(図16~18)の記載及び変形例8の記載も踏まえれ
ば,審決の甲7発明の認定は誤りであり,その結果,審決は本件訂正発明の新
規性の判断を誤ったものであると主張する。
しかし,原告は,実施形態4(図16~18)の記載及び変形例8の記載も
踏まえると,相違点がどのように解消するのかについて具体的な主張をしてい
ない。原告が指摘する実施形態4及び変形例8は薬剤を保持しておらず,本件
訂正発明の「目的物質」に対応する物質が存在しない。
したがって,本件訂正発明が新規性を欠如するということはいえず,審決の
判断に誤りはない。
3 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について
原告は,審判答弁書における被告の主張を引用して,本件訂正明細書の発明
の詳細な説明は実施可能要件を満たさないものであると主張する。
しかし,審判答弁書における被告の主張は,本件訂正発明が甲7発明である
とする無効理由に対する反論として,甲7公報記載のランセットはヒアルロン
酸では製造できないと主張したものである。原告が主張するような,「本件訂
正発明も甲7発明も,一般的な課題解決原理が提示され,その原理が妥当する
ものを当業者の技術常識に基づいて適宜認識できるというタイプの発明ではな
く,個別具体的な物質及び製造方法の開示があって初めて発明に包含されるも
のが理解できるというタイプの発明である」などということは,被告は主張し
ていない。
そもそも,本件訂正明細書の発明の詳細な説明にはヒアルロン酸の記載があ
り,ヒアルロン酸のみを基剤として用いて本件訂正発明の所定の作用効果を有
する経皮吸収製剤を製造できる以上,実施可能要件は満たされている。
4 取消事由4(サポート要件の判断の誤り)について
前記3のとおり,ヒアルロン酸のみを基剤成分とする本件訂正発明について
実施可能要件が満たされている以上,サポート要件も満たされていることは明
らかである。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)は理由があり,審
決は違法であって,取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとお
りである。
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
原告は,本件発明は「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,訂正事
項3が特許請求の範囲の減縮に該当するというためには,訂正前の特許請求
の範囲から,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するものでなければな
らないのに,訂正事項3は,経皮吸収製剤という医療用針の使用方法を限定
したものにすぎず,一定の構成・態様の経皮吸収製剤を除外するものではな
いから,特許請求の範囲の減縮には該当しないと主張する(前記第3の1
)ので,以下,検討する。
特許法134条の2第1項ただし書は,特許無効審判における訂正は,特
許請求の範囲の減縮(1号),誤記又は誤訳の訂正(2号),明瞭でない記
載の釈明(3号),他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請
求項の記載を引用しないものとすること(4号)を目的とする場合に限って
許容される旨を定めているところ,訂正が特許請求の範囲の減縮(1号)を
目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の
広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術
的に明確であることが必要であるというべきである。
これを訂正事項3について見ると,訂正事項3は,訂正前の特許請求の範
囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」とあるのを,「皮膚に
挿入される,経皮吸収製剤(但し,・・・及び経皮吸収製剤を収納可能な貫
通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に
沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入さ
れる経皮吸収製剤を除く)」に訂正するものである。
そうすると,本件発明は,「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,
本件訂正発明も,「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であ
ることが必要であり,そのためには,訂正事項3によって除かれる「経皮吸
収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収
納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されること
により皮膚に挿入される経皮吸収製剤」も,「経皮吸収製剤」という物とし
て技術的に明確であること,言い換えれば,「経皮吸収製剤を収納可能な貫
通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に
沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入さ
れる」という使用態様が,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により
経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要というべきである。
しかし,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用
具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態か
ら押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様によっても,
経皮吸収製剤保持用具の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状
や構造も変わり得るものである。また,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔
を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って
移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」
という使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決
まるというものでもない。
したがって,上記の「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収
製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持さ
れた状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様は,
経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定す
るものとはいえない。
以上のとおり,訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納可能な
貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に
沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入さ
れる経皮吸収製剤」は,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であ
るとはいえない。
そうすると,訂正事項3による訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載
は,技術的に明確であるとはいえないから,訂正事項3は,特許請求の範囲
の減縮を目的とするものとは認められない。
被告は,訂正事項3は,乙5に記載の薬18や本件明細書の図12の経皮
吸収製剤111のように,物理的強度が,経皮吸収製剤保持用具を用いるこ
となく皮膚へ挿入するのに十分でない,物理的強度の弱い経皮吸収製剤を除
くものであるから,特許請求の範囲を減縮するものであることは明らかであ
ると主張する(前記第4の1)。
しかし,訂正事項3の「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸
収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持
された状態から押出されることにより皮膚に挿入される」は,経皮吸収製剤
の物理的強度には何ら言及するものではなく,単に,経皮吸収製剤保持用具
を用いて皮膚に挿入されることをいうだけである。そして,経皮吸収製剤保
持用具は,物理的強度が低く,単独では皮膚に挿入できないような経皮吸収
製剤のみならず,十分な強度を有し,単独でも皮膚に挿入できる経皮吸収製
剤についても用いることができるものである。そうすると,訂正事項3の上
記記載をもって,経皮吸収製剤の物理的強度を限定するものであると認める
ことはできない。このことは,本件明細書(甲1)に,保持用具を用いるこ
とを経皮吸収製剤の強度と関連づけた記載がなく,保持用具を用いることの
効果について「きわめて簡便かつ確実に皮膚に挿入することができる。」
(【0050】)との記載があることとも矛盾しない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
以上のとおり,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するとの審決の
判断には誤りがある。そして,訂正事項3は,特許請求の範囲に実質的影響
を及ぼすものであるから,同訂正事項を含む本件訂正は一体として許容され
るべきものではない(最高裁判所昭和53年(行ツ)第27号,第28号同
55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照)。
そうすると,本件特許に係る無効理由の有無は,本件発明について判断す
べきであるところ,本件発明は甲7公報に記載された発明であって特許法2
9条1項3号の規定により特許を受けることができないものであることは,
確定した第1次審決取消判決の判示するところである。
したがって,本件訂正を認めた審決の判断の誤りは,審決の結論に影響を
及ぼすものであるから,原告主張の取消事由1は理由がある。
2 結論
以上によれば,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は違法
であり取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 石 井 忠 雄
裁判官 西 理 香
裁判官 田 中 正 哉

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