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平成26(ネ)10069損害賠償請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
裁判年月日 平成27年3月5日
事件種別 民事
当事者 被告)新東工業株式会社
控訴人(原告)日本鋳鉄管株式会社
被控訴人(被告)新東工業株式会社
対象物 ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備
法令 特許権
キーワード 無効17回
審決12回
侵害8回
特許権7回
無効審判5回
刊行物3回
進歩性2回
損害賠償2回
実施1回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事件の概要 1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人による鋳鉄の製造設備製品(被 控訴人製品)の販売が控訴人の特許権(本件特許権)の侵害に当たる旨主張して, 特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償(元金2667万円及びこれに対する附帯 請求として不法行為の後である平成24年10月23日から支払済みまで民法所定 の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。

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判決文

平成27年3月5日判決言渡
平成26年(ネ)第10069号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所
平成24年(ワ)第28201号)
口頭弁論終結日 平成26年12月17日
判 決

控 訴 人 ( 原 告 ) 日 本 鋳 鉄 管 株 式 会 社

訴訟代理人弁護士 石 戸 孝 則
弁理士 石 橋 良 規
補 佐 人 弁 理 士 石 川 泰 男

被控訴人(被告) 新 東 工 業 株 式 会 社

訴訟代理人弁護士 杉 山 直 人
補 佐 人 弁 理 士 白 銀 博

主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金2667万円及びこれに対する平成24年1
0月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人による鋳鉄の製造設備製品(被
控訴人製品)の販売が控訴人の特許権(本件特許権)の侵害に当たる旨主張して,
特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償(元金2667万円及びこれに対する附帯
請求として不法行為の後である平成24年10月23日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人製品が本件特許権の技術的範囲に属しないとして,控訴人の
請求を棄却したので,控訴人が控訴した。

2 争いのない事実(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
を含む。)
(1) 当事者
控訴人は,主にダクタイル鉄管,ダクタイル鋳鉄異形管及びダクタイル鉄蓋等の
開発,製造及び販売等を目的とする株式会社であり,本件特許権を有している。
被控訴人は,主に鋳造装置及び表面処理装置等の製造及び販売を目的とする会社
である。
(2) 特許庁における手続の経緯等
控訴人は,平成14年11月19日,発明の名称を「ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄
の溶製設備」とする発明について特許出願し(特願2002-334665号),平
成17年6月10日,設定登録を受けた(特許第3685781号。本件特許)。
控訴人は,平成21年6月2日,本件特許につき無効審判請求(無効2009-
800121号)をされたため,同年8月24日,請求項1にある「黒鉛球状化処
理装置」を後記(3)アの下線部のとおり,「ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化
処理装置」に減縮することを含む訂正請求をし(本件訂正),特許庁は,平成22年
1月25日,本件訂正を認めた上で,無効審判を不成立とする審決をし,平成24

年2月24日,同審決は確定した(甲3)。
被控訴人は,平成25年1月9日,特許庁に対し,本件特許の請求項1及び2に
ついて無効審判請求(無効2013-800001号)をしたところ,特許庁は,
同年7月26日,
「本件審判の請求は,成り立たない。 との審決をした
」 (本件審決)。
そこで,被控訴人は,同年8月29日,本件審決の取消訴訟を提起した(当庁平
成25(行ケ)第10244号)ところ,当庁は,平成26年10月30日,本件
審決を取り消す旨の判決をし(乙28),控訴人は,これを不服として上告受理申立
中である(当裁判所に顕著な事実)。
(3) 発明の内容
ア 本件訂正後の本件特許の請求項1記載の発明(本件発明)は,以下のと
おりである(下線部は訂正箇所。。

「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受
ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤーフィーダー法によ
る黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備であって,
前記保持炉と前記黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走すると共に
搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋
を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,前記取鍋は,前記搬送台車と前
記取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,前記搬送台車,前記
取鍋移動手段及び前記取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動
させられることを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。」
イ 本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,分説した
構成要件を,それぞれ「構成要件A」などという。。

A 溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を
受ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤーフィーダー法に
よる黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備であっ
て,

B 前記保持炉と前記黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走すると
共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,
取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,
C 前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げら
れることなく,前記搬送台車,前記取鍋移動手段及び前記取鍋移送手段によって保
持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられる
D ことを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。
(4) 被控訴人の行為等
被控訴人は,遅くとも平成20年8月頃までに,株式会社コヤマに対し,被控訴
人製品を販売した。

3 争点及びこれに対する当事者の主張
争点及び争点についての当事者の主張は,以下の(1)のとおり,原判決を補正し,
(2)のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」
の第2,「2 争点及び争点に関する当事者の主張」記載のとおりである。
(1) 補正
原判決3頁23行目「(1) 被控訴人製品の構成及び構成要件A~Cの充足性」を,
次のとおり改める。
「(1) 被控訴人製品の構成及び本件発明の技術範囲の属否(構成要件A~Dの充足
性)
(1)-1 文言侵害の成否
(1)-2 均等侵害の成否」
(2) 当審における当事者の主張
ア 文言侵害の成否(争点(1)-1)
(控訴人の主張)
(ア) 構成要件Aについて

溶解炉とは,
「固体金属を熱源で加熱して溶融金属に変える炉」であれば足り,保
持炉は,その「『固体金属を熱源で加熱して溶融金属に変える炉』で溶解した溶湯を
一定の温度に保持し,鋳造機又は鋳型に注湯するために設置された炉」であれば足
りるのであり,溶解炉と保持炉との両方に該当する単一の炉,すなわち「固体金属
を熱源で加熱して溶融金属に変え,溶解した溶湯を一定の温度に保持し,鋳造機又
は鋳型に注湯するために設置された炉」が存在することを排除するものではない。
また,構成要件Aの記載からも明らかなとおり,
「溶解炉」は「溶解された」を修
飾する語として用いられているにすぎず,構成要件Aにおいては,本件発明の構成
要素としては,「保持炉」「取鍋」
, ,及び「黒鉛球状化処理装置」の3要素が挙げら
れているのみであって,「溶解炉」は本件発明の構成要素にすらなっていない。
さらに,保持炉と溶解炉とが別に設けられる技術的意義や必要性について,本件
明細書から読み取ることはできないから,これらが別の炉である必要はなく,溶解
炉と保持炉を一つの炉で兼ねた場合であっても,上記の機能を有するものであれば,
「保持炉」に相当するというべきである。
したがって,被控訴人製品の高周波誘導炉は,固体金属を熱源で加熱して溶融金
属に変える炉であるとともに,溶湯を一定の温度に保持し,鋳造機又は鋳型に注湯
するために設置された炉でもあるから,溶解炉と保持炉の両方の定義に該当するこ
とは明らかであって,構成要件Aを充足する。
(イ) 構成要件Bについて
被控訴人製品は,ローラコンベア等の移動手段により,受湯台上に存在する取鍋
をその上で移動させない限り,取鍋駆動手段へと取鍋を受け渡すことはできないこ
とは明らかであるから,被控訴人製品の受湯台は,本件発明の「取鍋移動手段」に
相当する手段を備えているといえる。また,取鍋を移動させる手段である被控訴人
製品の取鍋駆動手段が取鍋を傾動させる動作をも行うことは,取鍋駆動手段が本件
発明の「取鍋移送手段」に相当することを否定する根拠にはなり得ない。さらに,
被控訴人製品が,黒鉛球状化処理装置まで取鍋を移動させるために取鍋移送手段が

黒鉛球状化処理装置の中に一体的に設置されているとしても,このことは,
「保持炉
と黒鉛球状化処理装置との間に,取鍋を移動させる取鍋移送手段を設置した」構成
に反するものではない。
したがって,被控訴人製品は,構成要件Bを充足する。
(ウ) 構成要件Cについて
構成要件Cの「行き来」は,原判決が指摘するとおり,往復を要する趣旨ではな
いことは明らかである。
また,被控訴人製品の高周波誘導炉,受湯台搬送台車,受湯台,取鍋駆動手段,
並びに球状化・接種及びノロ取り装置は,本件発明の保持炉,搬送台車,取鍋移動
手段,取鍋移送手段,及び黒鉛球状化処理装置にそれぞれ相当することは明らかで
ある。
したがって,構成要件Cを充足する。
(エ) 構成要件Dについて
被控訴人は,後記被控訴人の主張(エ)のとおり主張するが,被控訴人自身が認めて
いるように,被控訴人製品は「ダクタイル鋳鉄の製造設備」なのであって,構成要
件AないしCのいずれの構成要件も充足するものであるから,他にいかなる鋳鉄を
製造することが可能か否かにかかわらず,構成要件Dを充足する。
(被控訴人の主張)
(ア) 構成要件Aについて
原判決は,構成要件Aの解釈に当たり,本件特許の特許請求の範囲及び発明の詳
細な説明のほか,鋳造用語辞典における記載を見た上で「保持炉」が「溶解炉」と
別の炉であること認定しており,その認定及び判断に誤りはない。
そもそも,被控訴人製品は,高周波誘導炉による単独溶解操業法を採用した設備
である一方,本件発明は,
「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」を構成要件
としており,溶解炉と保持炉の2つの炉を用いる二重溶解操業法を採用した設備で
ある。そして,鋳物業界の技術常識に基づけば,高周波誘導炉は「保持炉」とし

て使用されるものではなく,「溶解炉」として使用されるものである。
また,本件特許の特許請求の範囲の「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」
の記載から,本件発明において,保持炉は溶解炉とは別個に設けられていることは
明らかであるので, (溶解炉たる)高周波誘導炉で溶解された元湯を貯留する(保持炉

たる)高周波誘導炉」のように,1つの炉が「溶解炉」にも「保持炉」にもなるよう
に解することは,特許請求の範囲の記載と合致しない。
したがって,被控訴人製品は,構成要件Aを充足しない。
(イ) 構成要件Bについて
本件発明は,
「保持炉と黒鉛球状化処理装置との間」を対象とするものであるとこ
ろ,被控訴人製品は,
「溶解炉と球状化・接種およびノロ取り装置との間」という溶
解からノロ取りまでの工程を行う設備が対象となっており,溶製設備のうちで対象
となる工程が相違する。被控訴人製品の「球状化・接種およびノロ取り装置」は,
球状化処理装置と接種及びノロ取り装置を単に並べて配置したものではなく,一体
不可分となった固有の構成を有するものであって,しかも,取鍋駆動手段は,球状
化・接種及びノロ取り装置の一部として,球状化・接種及びノロ取り装置の中に一
体不可分に設置されているものである。また,本件発明では,
「取鍋移動手段は,搭
載した取鍋をその上で移動させる」手段であるところ,被控訴人製品では,取鍋を
搭載する受湯台は,単に取鍋を移動させるための手段ではなく,
「搭載した取鍋を受
湯のために細かく位置制御すると共に,取鍋を上下方向および水平方向に移動させ
る取鍋駆動・位置制御手段を備え」ており,本件発明の「取鍋移動手段」「搬送台

車」と被控訴人製品の「取鍋駆動・位置制御手段」「受湯台」「受湯台搬送台車」
, ,
とは,それぞれその機能,構成が大きく異なる。さらに,本件発明の取鍋移送手段
は,少なくとも,ⅰ)「保持炉とレールとの間」,及びⅱ)「黒鉛球状化処理装置とレ
ールとの間」に配置されていることが必須であると解釈すべきであるところ,被控
訴人製品の取鍋駆動手段は,
「球状化・接種およびノロ取り装置の位置」に球状化・
接種及びノロ取り装置の一部として配置されているのみであり,保持炉とレールの


間」には存在しないことから,この点において相違する。加えて,被控訴人の「取
鍋駆動・位置制御手段」の機能,構成が異なることから,本件発明の「取鍋移送手
段」とは異なる。
したがって,被控訴人製品は,構成要件Bを充足しない。
(ウ) 構成要件Cについて
本件発明では,
「取鍋は,搬送台車と取鍋移送手段との間を行き来する」ようにな
っているところ,被控訴人製品では,取鍋が,
「溶解炉」から「球状化・接種および
ノロ取り装置」へ搬送される間,「受湯台」から降りることはあるが,「受湯台」に
再び乗ることはなく,「行き来する」構成を具備していない。また,本件発明では,
「取鍋は,搬送台車,取鍋移動手段及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状
化処理装置へ移動させられる」ようになっているところ,被控訴人製品には「保持
炉」は存在せず,また,本件発明の「搬送台車」,
「取鍋移動手段」,
「取鍋移送手段」,
及び「黒鉛球状化処理装置」と,被控訴人製品の「受湯台搬送台車」「受湯台」「取
, ,
鍋駆動手段」,及び「球状化・接種およびノロ取り装置」とは,それぞれ相違するも
のであるから,被控訴人製品ではこの構成は具備していない。
したがって,構成要件Cを充足しない。
(エ) 構成要件Dについて
上記のとおり,被控訴人製品は,本件発明の構成要件AないしCのいずれも充足
しないから,構成要件Dも充足しない。
また,本件発明の構成要件Dは,
「・・・ことを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶
融鋳鉄の溶製設備」であるが,被控訴人製品は,
「ねずみ鋳鉄,CV鋳鉄,およびダ
クタイル鋳鉄の製造設備」であり,製造する鋳鉄の種類が一部重複するものの,製
造設備の構成としては多くの点において相違する。
イ 均等侵害の成否(争点((1)-1)
(控訴人の主張)
仮に,原判決判示のように,本件発明は「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保

持炉」であるのに対して,被控訴人製品(被告製品)は「高周波誘導炉」である点
で相違し,被控訴人製品が,本件発明の構成要件Aを文言上充足しないとしても,
被控訴人製品は,以下のとおり,いわゆる均等侵害の5要件を充たしているから,
本件発明と均等であり,その技術的範囲に属するものである。
(ア) 非本質的部分(第1要件)について
本件発明は,極めて少ない操作員で,取鍋の移動及び黒鉛球状化処理を行うこと
が可能であるダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備を提供するため,取鍋を搭載し
て自走するとともに搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有す
る搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段とを設置し,取鍋が,搬送台車と取
鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段
及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられるように
構成したものであり,このような構成を採用したことが,従来技術に見られない本
件発明に特有の解決手段である。
このような従来技術及び本件明細書の記載内容からすれば,本件発明の課題解決
手段における特徴的原理は,構成要件Bの「取鍋を搭載して自走すると共に搭載し
た取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋を移動
させる取鍋移送手段と,が設置されて」いる点に表れており,構成要件Aの「溶解
炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」は,本件発明が課題を解決する対象とする
従来技術の搬送区間の起点を説明する部分にすぎないことは明らかである。
そして,構成要件Aのうち,溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉は,これ
を「高周波誘導炉」に置き換えても,全体として本件発明の技術的思想と別個のも
のと評価されるものではない。
したがって,本件発明の構成要件Aと被控訴人製品の構成との前記相違点は,本
件発明の本質的部分ではない。
(イ) 置換可能性(第2要件)について
本件発明の「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」を,被控訴人製品にお

ける「高周波誘導炉」と置き換えても,本件発明が課題解決の対象としている従来
技術の取鍋の搬送区間には何の変わりもない。
また,このような置き換えをした被控訴人製品によると,高周波誘導炉と黒鉛球
状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走するとともに搭載した取鍋をその上
で移動させる受湯台を有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋駆動手段と,が設
置されており,取鍋は,搬送台車から取鍋駆動手段へと移動し,吊り上げられるこ
となく,搬送台車,受湯台及び取鍋駆動手段によって高周波誘導炉から黒鉛球状化
処理装置へ移動させられるのであるから,被控訴人製品は,極めて少ない操作員で,
取鍋の移動及び黒鉛球状化処理を行うことが可能であるダクタイル鋳物用溶融鋳鉄
の溶製設備の提供という本件発明の目的を達することができ,本件発明と同一の作
用効果を奏することは明らかである。
(ウ) 置換容易性(第3要件)について
本件発明の「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」を,被控訴人製品にお
ける「高周波誘導炉」と置き換えることは,単に,溶解炉と保持炉の機能を単一の
炉で行うことに置き換えることにすぎず,設計上の微小な点に関する変更にすぎな
い。被控訴人製品の製造時点において,いわゆる単独溶解方式は公知の技術であっ
たのであり,本件発明の構成を被控訴人製品の構成に変更することが格別困難なも
のであるということはできない。
(エ) 意識的除外等(第5要件)について
被控訴人は,後記(被控訴人の主張)(エ)のとおり主張するが,特許請求の範囲か
ら意識的に除外されたものであるか否の判断に際して,出願当初の特許請求の範囲
の記載を根拠とすること自体がそもそも誤っている。
本件出願当時,溶解炉と保持炉とを高周波誘導炉一炉で兼ねる構成である単独溶
解操業法を採用することが公知の技術であり,控訴人が,その特許出願手続におい
て,溶解炉と保持炉とを高周波誘導炉一炉で兼ねる構成を特許請求の範囲に含める
ことが可能であったとしても,そのことから直ちに,そのような構成が本件発明に

係る特許請求の範囲から意識的に除外されたということはできない。
控訴人は,これまで溶解炉と保持炉とを高周波誘導炉一炉で兼ねる構成が本件特
許の特許請求の範囲に含まれないことを自認したことは一切なく,被控訴人の主張
はいずれも失当である。
(被控訴人の主張)
被控訴人製品は,構成要件Aないし D のいずれも充足しないものであるが,以下
のとおり,均等侵害も成立しない。
(ア) 非本質的部分(第1要件)について
控訴人の指摘する本件発明の技術的意義は,後記の乙7文献によって既に公知と
なっていた技術であり,このことが本件発明の課題の解決手段における特徴的原理
でないことは明らかである。
本件発明の課題の解決手段における特徴的原理を強いてあげれば,保持炉と黒鉛

球状化処理装置との間」という取鍋の搬送区間と,
「取鍋を搭載して自走すると共に
搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋
を移動させる取鍋移送手段と,を設置する」ことを組み合わせることにある。
したがって,
「保持炉」は,本件発明の課題の解決手段における特徴的原理の一部
を構成するものであり,本件発明の本質的部分を構成することになる。一方,被控
訴人製品は保持炉を備えておらず,本件発明は本質的部分で相違するものである。
(イ) 置換可能性(第2要件)について
本件発明の溶製設備は,ダクタイル鋳鉄のみを溶製する設備であるところ,被控
訴人製品は,ねずみ鋳鉄,CV鋳鉄,ダクタイル鋳鉄製品であって,自動車,建設
機械,油圧機器等の多種多様で,比較的小さい部品を量産する設備である。このよ
うな多品種小物部品を量産する被控訴人製品では,設備の自動運転の他,工場スペ
ースの有効利用や生産作業時間の短縮化が強く求められており,これらの課題を解
決するため,本件発明の溶製設備とは異なった技術思想に基づく設備設計が行われ
ている。

したがって,被控訴人製品では,設備の自動運転の他,工場スペースの有効利用
や生産作業時間の短縮化という作用効果を実現しており,これは本件発明とは異質
な作用効果であって,単に本件発明の「保持炉」を「高周波誘導炉」に置き換えて
成り立つような設備ではなく,本件発明と同一の作用効果を有しているものでない
ことは明らかである。
(ウ) 置換容易性(第3要件)について
本件発明の「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉」を「高周波誘導炉」と
置き換えることについて,本件明細書に記載・示唆はない上,そもそも,高周波誘
導炉は保持炉に適するものでない。
また,前記(イ)において述べたように,被控訴人製品は,本件発明とは異質な作用
効果を有するものであって,その相違点を単なる設計的事項とすることはできない
から,設計上の微小な変更とはいえない。本件発明が採用する二重溶解操業法と被
控訴人製品が採用する単独溶解操業法とは,技術思想を異にする鋳鉄溶解方式であ
り,単に「保持炉」を「高周波誘導炉」に置き換えるといった単純なものではなく,
仮に,置き換えた場合には,それに伴って,様々な設備変更が必要になる。
したがって,上記の置き換えは,当業者といえども容易に想到できたものではな
いことが明らかである。
(エ) 意識的除外等(第5要件)について
本件発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載によれば,溶解炉」「保
「 と
持炉」とを明確に区別し,
「溶解するための溶解炉」と「元湯を貯留するための保持
炉」というようにそれぞれの機能が異なることを明記するとともに,本件発明の権
利範囲を「保持炉に貯留されていた元湯を受ける取鍋」との記載のとおり,
「保持炉」
から取鍋に受湯することに明確に限定している。
そして,鋳鉄溶解方式として,
「溶解炉」と「保持炉」を使用した二重溶解操業法
に加えて,
「溶解炉」のみを使用した単独溶解操業法を採用することも可能であった
にもかかわらず,本件特許を出願するに当たり,鋳鉄溶解方式として,あえて「溶

解炉」と「保持炉」を使用した二重溶解操業法に限定して出願手続を行ったことは,
「溶解炉」のみを使用した単独溶解操業法を意識的に除外して出願手続を行ったと
いえる。
本件特許の無効審判(無効2009-800121)の審決に対する審決取消訴訟
(平成22年(行ケ)第10069号審決取消請求事件)において,控訴人は,
「保
持炉から受湯した溶湯を取鍋で搬送することと,溶解炉から受湯した溶湯を取鍋で
搬送することには差異がない」とする考え方を明確に否定し,
「溶解炉と保持炉とを
混同すべきでない」旨主張し,
「溶解炉から受湯した溶湯を取鍋で搬送すること」は
本件特許の権利範囲外であることを強調し,これを意識的に除外している。
したがって,第5要件を満たしていないことは明らかである。
ウ 無効理由の有無(争点(2))
(被控訴人の主張)
(ア) 無効理由1
本件発明は,平成9年2月に頒布された刊行物「FOUNDRY TRADE JOURNAL」
に掲載された「METAL TREATMENT Direct conversion of cupola melted iron to
ductile iron using cored wire」「金属処理
( コアードワイヤを用いた,キュポラ溶鉄
からダクタイル鋳鉄への直接転換」,乙5文献)記載の発明(乙5発明)と平成9年
7月15日に頒布された特開平9-182958号公開特許公報(乙7文献)に記
載された発明(乙7発明)を組み合わせることにより,容易に発明をすることがで
きたものである。
a 本件発明と乙5発明との一致点及び相違点
本件発明と乙5発明と対比すると,一致点及び相違点は,以下のとおりである。
【一致点】
溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受
ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤーフィーダー法によ
る黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備である点。

【相違点】
本件発明では,
「保持炉と黒鉛球状化処理装置との間に,取鍋を搭載して自走する
と共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,
取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋が,搬送台車と取鍋移
送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段及び
取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられる」のに対し,
乙5文献には,
「取鍋が前炉(保持炉)からコアードワイヤ処理ステーション(ワイ
ヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置)まで搬送される」ことが記載されて
いるが,「取鍋の搬送のための具体的な構造が示されていない」点。
b 乙7発明
乙7文献には,保持炉1と注湯機11との間に,取鍋3を載せて自走するととも
に取鍋3をその上で移動させるローラコンベア9を有する台車2と,取鍋3を台車
2から注湯機11まで移動させるローラコンベア10とが配置され,取鍋3が台車
2とローラコンベア10との間を行き来し,吊り上げられることなく,台車2,ロ
ーラコンベア9,及び,ローラコンベア10により,保持炉1から注湯機11へ移
動させるような構成を有し,鋳造品の製造(鋳鉄の製造)に使用される,溶湯取鍋
の自動搬送装置が記載されている(【0001】【0008】【0012】【001
, , ,
4】【0015】【0016】
, , ,図1,図3)。
また,乙7文献には,従来,溶湯を保持炉から注湯機まで搬送する作業において,
取鍋3がホイスト32及びモノレール33により搬送されていたので,ほとんど手
作業であり,また,作業員が取鍋に追従して移動する必要があり,それにより,作
業効率が低下していたことも記載されている(段落【0002】 【0003】【0
, ,
004】【0005】【0006】
, , ,図5)。
ここで,乙7文献の「取鍋3を載せて自走し且つ載せた取鍋3をその上で移動さ
せるためのローラコンベア9を有する台車2」 「取鍋3を台車2から注湯機11
と,
まで移動させるためのローラコンベア10」は,それぞれ,本件発明の「取鍋を搭

載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有
する搬送台車」と「取鍋を移動させる取鍋移送手段」に相当する。
c 相違点に対する判断
乙5発明に乙7発明を組み合わせて,相違点に係る構成を得ることは,以下の理
由により容易である。
まず,乙7発明の溶湯取鍋の自動搬送台車は鋳鉄(ねずみ鋳鉄等)の製造設備,
乙5発明の設備はダクタイル鋳鉄の製造設備であり,いずれも鋳鉄の製造設備であ
って,本件発明とも共通の技術分野に属する。
また,乙7文献には,その図5に示された従来技術において,取鍋がホイスト3
2及びモノレール33により吊り上げられて搬送されていたので,作業効率が低下
していたという,本件発明と共通する課題が記載されている。乙5文献の設備も,
その図3に示されているように,取鍋の搬送を含むものであるため,これらと共通
の課題が内在している。
さらに,乙7発明の装置は,取鍋を搬送するために,
「ローラコンベア9を有する
台車2」と,
「ローラコンベア10」を使用し,それらにより,取鍋を吊り上げるこ
となく移動させることができ,省力化や生産性の向上を達成できるというものであ
り,乙7文献には,本件発明と共通する構成,作用,機能を有する取鍋の搬送装置
が記載されている。
そして,乙5発明の設備でも取鍋が搬送されるようになっているところ,この搬
送のために,乙7文献に記載の「台車2」「ローラコンベア9」「ローラコンベア
, ,
10」が使用できないことを示唆するような記載は,乙5文献及び乙7文献のいず
れにも存在せず,乙5発明に乙7発明を適用できないとする阻害要因はない。
なお,乙7発明では,取鍋を一気に注湯機まで搬送する点において,取鍋の到達
点を黒鉛球状化処理装置とする乙5発明とは異なるが,これは,乙7発明では取鍋
を注湯機まで移動させる間に何ら処理がなされないためにすぎない。黒鉛球状化処
理を行うのであれば,本件発明のように,取鍋をその処理地点まで移動させるのは

当然であるから,
「搬送する到達点の相違」は,乙7発明を乙5発明に適用する際の
阻害要因とはならない。
さらに,控訴人は,ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理の際には,取鍋
の周囲に溶湯が飛散し,地金が落下するという問題があるから,当業者が地上搬送
を選択する動機付けがない旨主張するが,溶湯の飛散が多いとされるプランジング
法であっても地上搬送が採用されているのであり,また,当業者は溶湯が飛散しな
いように適宜公知の対策を行うものであるから理由がない。
以上により,当業者であれば,乙5発明において,保持炉から黒鉛球状化処理装
置まで取鍋を搬送するために,乙7発明に記載された取鍋を保持炉から注湯機まで
搬送するための「台車2」 「ローラコンベア9」「ローラコンベア10」を適用し
, ,
て,上記の相違点に係る構成を得ることは,容易である。
(イ) 無効理由2
本件発明は,昭和38年に頒布された刊行物「TRANSACTIONS of the American
Foundrymen's Society 」 に 掲 載 さ れ た 「 IMPROVEMENTS IN PRODUCTION OF
DUCTILE IRON」「ダクタイル鉄の生産改善」
( ,乙8文献)記載の発明(乙8発明)
に,乙5文献,乙7文献又は平成5年10月に頒布された刊行物「FOUNDRYMAN」
に掲載された「Installation of a production magnesium cored wire injection station at
Vald.Birn UK Ltd」「Vald.Birn UK 社における生産用マグネシウムコアードワイヤ射

出ステーションの導入」,乙9文献)を組み合わせることにより,容易に想到できた
ものである。
a 本件発明と乙8発明との一致点及び相違点
本件発明と乙8発明とを対比すると一致点及び相違点は,以下のとおりである。
【一致点】
溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受
ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する黒鉛球状化処理装置と,を備
えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備である点。

【相違点①】
本件発明では,
「黒鉛球状化処理装置がワイヤーフィーダー法によるもの」である
のに対し,乙8発明の設備では,黒鉛球状化処理装置がプランジング法によるもの」

である点。
【相違点②】
本件発明では,
「保持炉と黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走す
ると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車
と,取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋は,搬送台車と取
鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段
及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられる」のに
対し,乙8文献には,取鍋を搬送するための取鍋台車が記載されているが,
「取鍋を
搭載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を
有する搬送台車」と「取鍋を移動させる取鍋移送手段」は記載されていない点。
b 相違点①に関する容易想到性
乙9文献には,黒鉛球状化プロセスにおいて,既存のプランジング用装置は,衛
生,安全,品質に問題があるが,これらは,コアードワイヤにより改善される可能
性があること(第360頁左欄第1行目から第10行目),さらに,プランジングを
ワイヤに変更してもコストが低減されること(第363頁左欄最後の行から右欄第
15行目),すなわち,プランジング法による黒鉛球状化処理装置に換えて,コアー
ドワイヤ(ワイヤーフィーダー法)による黒鉛球状化処理装置を用いることが,衛
生,安全,品質面,コストにおいて,有利である点が記載されている。
そして,乙5文献にも,ダクタイル鋳鉄の生産において,経済性,取扱い,冶金,
環境の理由により,プランジング処理からコアードワイヤ処理(ワイヤーフィーダ
ー法)への変更が行われたことが記載されている。つまり,乙5文献にも,プラン
ジング処理よりもコアードワイヤ処理(ワイヤーフィーダー法)の方が有利である
点が記載されている。

したがって,当業者であれば,ダクタイル鋳鉄を製造する際,乙8発明の設備に
おいて,乙8発明のプランジング法による黒鉛球状化処理装置に換えて,乙5文献
及び乙9文献に示されたワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置を用いる
こと,すなわち,相違点①を得ることは,容易である。
c 相違点②に関する容易想到性
前記(ア)のcにおいて,乙5発明に乙7発明を容易に組み合わせたのと同じ理由に
より,当業者であれば,乙5発明を置き換えた乙8発明において,前炉(保持炉)
から黒鉛球状化処理装置まで取鍋を搬送するために,乙7発明に開示された保持炉
から取鍋を注湯機まで搬送するための「台車2」「ローラコンベア9」「ローラコ
, ,
ンベア10」を適用して,上記相違点②を得ることは,容易である。
(控訴人の主張)
(ア) 無効理由1に対し
a 本件発明は,
「保持炉と黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載
して自走するとともに搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有
する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋は,
搬送台車と取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,
取鍋移動手段及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させ
られる」のに対し,乙5発明は,前炉にて溶鉄が充填されスラグ除去された後に,
取鍋をコアードワイヤ処理ステーションへ搬送する手段が不明である点で相違する。
そして,本件審決が指摘するとおり,乙5文献には,乙5発明の取鍋内の溶鉄が,
コアードワイヤ処理の後に,別の取鍋に移し替えられて鋳造工程へ進むことが記載
されており,この鋳造工程では,移し替えられた取鍋を注湯機上に載置するものと
認められるから,乙5発明の取鍋は,注湯用の取鍋ではなく,乙7文献に記載の取
鍋に相当するものではない。
また,本件審決が指摘するとおり,乙5文献には,乙5発明の処理ステーション
では,取鍋が,注湯機のように載置されるのではなく,吊り上げられることが記載

されているから,乙5発明の処理ステーションには,むしろホイストが必要であっ
て,取鍋移送機構を設ける必要がない。
してみると,乙5発明において,取鍋を搬送する手段として乙7文献に記載の台
車と取鍋移送機構を採用すること,すなわち,上記相違点を解消することは,当業
者が容易になし得たことではない。
b ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製においては,マグネシウムの沸点
が低く,溶融鋳鉄の温度域では蒸気圧が高いため,黒鉛球状化処理装置においてマ
グネシウムを取鍋の中の溶融鋳鉄に添加した場合に,爆発的な反応による溶湯の噴
出や発煙などが発生し,溶湯が周囲に飛散し落下することは当業者にとって技術常
識である。また,球状化処理の際には蓋の内面にも溶湯が飛散し付着・堆積するか
ら,球状化処理の後,蓋を取鍋から分離させ,取鍋を蓋の直下から移動させた際に,
蓋に付着・堆積していた溶湯が冷却され,収縮して蓋から剥離し,蓋の直下に地金
となって落下することも,当業者にとって技術常識である。
そして,このような溶湯の飛散や地金の落下によって損傷のおそれがあるため,
本件出願前において,取鍋移動手段,取鍋移送手段としてのローラコンベアが黒鉛
球状化処理装置までの取鍋の搬送に用いられたことはなく,公知ではなかった。ま
た,ローラコンベア等への溶湯の飛散を防止したり地金の落下を防止したりする技
術も,本件出願当時には存在していなかった。
本件発明の技術分野は,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄を溶製する設備に関するもの
であって,黒鉛球状化処理設備を備えることが必須であるところ,乙7文献は,注
湯設備に関する技術分野のものであって,黒鉛球状化処理を伴う設備に関するもの
ではない。
このような技術的背景からすれば,本件出願当時に,乙5文献等に接した当業者
であれば,当然のことながら黒鉛球状化処理による溶湯の飛散や地金の落下によっ
て支障を来すおそれのない搬送手段を選択するはずである。乙7文献には,そのよ
うなおそれのない単なる注湯設備で使用するための取鍋搬送機構が開示されている

にすぎず,この取鍋搬送機構が黒鉛球状化処理設備で使用可能である旨の示唆も一
切存在しない。
したがって,本件出願当時に,乙5発明の黒鉛球状化処理設備に対して,あえて
乙7発明のようなローラコンベアを用いた取鍋搬送手段を採用しようとする動機付
けはない。
(イ) 無効理由2に対し
本件発明では,搬送台車が「搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動
手段を有し」,かつ,
「取鍋を移動させる取鍋移送手段が設置され」て,取鍋は,
「前
記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来し,前記取鍋移動手段及び前記取鍋
移送手段によって」も移動するのに対し,乙8発明では,取鍋台車が取鍋移動手段
を有しておらず,取鍋移送手段も設置されていない点で相違する。
乙8文献には,プランジング処理後に,取鍋台車の溶鉄を,移動用取鍋を経て,
鋳造工場の注湯用取鍋へと移送することが記載されており,この注湯用取鍋を注湯
機上に載置するものと認められるから,乙8発明の取鍋は,乙7文献に記載の取鍋
に相当するものではない。さらに,乙8文献には,乙8発明のプランジング処理を
取鍋台車上で行なうことが記載されているから,乙8発明では,取鍋台車から取鍋
を移送する必要がなく,乙5文献等の記載に基づき,プランジング処理をコアード
ワイヤ処理に換えるとしても,天井クレーンにより取鍋を吊り上げることが示唆さ
れるに留まり,水平方向に取鍋を移送する必要がないことは本件審決でも指摘され
たとおりである。
してみると,乙8発明において,乙7文献に記載の取鍋移送機構を設けること,
すなわち,上記相違点を解消することは,当業者が容易になし得たことではない。

第3 当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求を棄却した原判決の結論は正当であって,以下の理由
により,控訴人の請求は理由がないものと判断する。

事案に鑑み,争点(2)(無効理由の有無)について先に判断する。
1 争点(2)(無効理由の有無)について
被控訴人は,本件発明は,乙5発明に乙7発明を組み合わせることにより,容易
に発明をすることができたものであると主張する(無効理由1)ので,以下,検討
する。
(1) 本件発明について
本件明細書(甲1,3)によれば,本件発明について,次のとおり認められる。
本件発明は,溶融状態の鋳鉄を収容した取鍋を,クレーン等で吊り上げることな
く移動させ,溶解炉で溶解された溶融鋳鉄(元湯)からダクタイル鋳物用溶融鋳鉄
を溶製する設備に関するものである(【0001】。

ダクタイル鋳物は,鉄スクラップを主たる鉄源原料としてキュポラ又は電気炉に
よって溶解された元湯に,金属Mg等の黒鉛球状化剤を添加して,ダクタイル鋳物
用溶融鋳鉄を溶製し,これを遠心鋳造機等の鋳造設備によって鋳造することで製造
されている(【0003】。

溶解炉で溶解された元湯をダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に溶製する際には,通常,
溶解炉で溶解された元湯を一旦保持炉に装入し,保持炉で貯留・滞留させて温度や
成分等を均質化させた後に保持炉から所定量の元湯を取鍋に装入し,取鍋内で黒鉛
球状化剤を添加すること等によって黒鉛球状化処理が行われており,従来,元湯を
収容した取鍋及び黒鉛球状化処理が施された後の溶湯を収容した取鍋は,クレーン
やホイスト等によって吊り上げられて,保持炉や黒鉛球状化処理装置の間を搬送さ
れている(【0004】。

そのため,搬送装置を運転する専用の操作員を必要とするとともに,作業の都度
に玉掛け操作員の指示・合図を必要としており,労働生産性が必ずしも高い作業で
あるとはいい難く,ダクタイル鋳物の製造コストを上昇させる一つの要因であった
(【0009】。

本件発明は,このような課題を解決し,ダクタイル鋳物を製造する際に,保持炉

で貯留・滞留された元湯を取鍋に受け,次いで,ワイヤーフィーダー法による黒鉛
球状化処理装置に搬送してダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に溶製し,さらに,必要に応
じて取鍋内のスラグを除去するまでの工程において,極めて少ない操作員で,取鍋
の移動及び黒鉛球状化処理を行うことが可能である,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の
溶製設備を提供することを目的としたもので 【0010】 ,
( ) 保持炉と黒鉛球状化処
理装置との間に,取鍋を搭載して自走するとともに搭載した取鍋をその上で移動さ
せるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段とを
設置し,取鍋を吊り上げることなく,搬送台車,取鍋移動手段及び取鍋移送手段に
よって,保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させるようにしたことを特徴とする
(【0011】。
) この構成により,取鍋をクレーン等によって吊り上げる必要性がな
いため,ほとんどの作業を自動化することが可能となり,極めて少ない操作員で一
連の作業に対処することが可能となり,その結果,省力化及び省力化に伴う生産性
の向上が達成されるという効果を奏するものである(【0037】。

(2) 乙5発明について
ア 乙 5 文献の記載事項について
乙5文献には,以下の記載がある。
「ダクタイル鋳鉄の商業生産には,溶銑へのマグネシウムの添加が必要である。こ
のマグネシウムの添加には,異なった周知且つ実証済みの方法があるものの,この
添加をより一貫して,またはより経済的に達成させる,あるいは結果として生じた
鋳鉄の質を改善することを可能とする開発に常に関心が集まっている。(訳文1頁

左欄)
「本報告書の目的は,高品質の球状黒鉛鋳鉄を生産するべく,キュポラから直接得
た高硫黄母材鉄の処理に,単段コアードワイヤ工程を使用可能とする要因を示すこ
とに焦点を当てることである。(訳文1頁中央欄~右欄)

「基本的にはコアードワイヤはロール成形で製造された鋼管であり,必要な活性成
分のコアが製造工程において管の中心に組み込まれる。図1は典型的なロックシー

ム型コアードワイヤの概略断面を示す。
・・・コアードワイヤのこの形態により,制
御した状態でマグネシウム等の反応物質を溶融金属に供給することができる。(訳

文1頁右欄)
「供給設備は基本的には,ワイヤを保管コイルから取り出し,ガイド管を通して反
応槽内の金属へと送る。図2は,高硫黄含有量のキュポラ溶鉄の単段黒鉛球状化に
用いられる装置の概略図である。(訳文1頁右欄)

「ワイヤ充填物の選択,および選択したワイヤをあらゆる特定の状況に応用できる
工場の設計に影響する多くの要因がある。黒鉛球状化のためのより重要ないくつか
の要因は,母材の硫黄含有量,処理中の金属の温度,処理される金属の量(重量),
取鍋の形状(金属の深さ),処理ステーション(ワイヤ配置)の設定,ワイヤ充填物
のマグネシウム含有量,ワイヤ供給速度(金属中の侵入深さ),鋼鉄鞘の厚さ,およ
びワイヤの直径である。(訳文1頁右欄~2頁左欄)

「Alzmetall 社は,歴史的には,高マグネシウムフェロシリコンブロックを用いたプ
ランジング工程により,ダクタイル鋳鉄を生産していた。以下の理由により,プラ
ンジングからコアードワイヤ処理への変更が行われた。
・経済性:より高い温度が利用可能となったことによるスクラップの減少,および
労務費の減少
・取り扱い:高温プランジングベルでの手作業は必要でない
・冶金:平均マグネシウム値を低減する可能性
・環境:汚染の軽減」(訳文2頁中央欄)
「ワイヤにより同時に脱硫および黒鉛球状化する要件は,過去に使用していた,プ
ランジング工程の経験より十分に理解されていた。主な懸念は初期の脱硫ではなく,
スラグから金属への硫黄の逆戻りが最小限となるよう,あらゆる脱硫生成物を安定
化させる必要があることである。ワイヤ充填物の成分およびそれらの形態の注意深
い検討によって,ワイヤの開発に成功することができた。(訳文2頁中央欄)

「ワイヤ供給ステーション(図2)の図面は Alzmetall 社の工場に基づいている。こ

の工場は自給式であり,ワイヤ供給は所定の速度で必要な量(長さ)のワイヤを送
るよう制御されている。(訳文2頁右欄)



「処理ステーションでの制御は,母材の硫黄,直前の処理の結果,および金属の温
度を考慮して計算される必要なワイヤ長さによって達成される。これらの数値を処
理ステーション制御に迅速に通知することが,予測可能な一貫した結果を達成する
のに重要な要因である。各処理の観察により,劇的な出来事のない秩序だった工程
が示されている。反応は適切に制御,かつ抑えられており,鋳造工場の大気に放出
されるヒュームは非常に少ない。(訳文2頁右欄~3頁左欄)

「典型的な期間および対応する温度範囲を詳細に示した工程の手順を図3に示す。
清浄度,すなわち,金属がそれぞれの適切な段階でスラグ除去されることが重視さ
れていることがわかる。(訳文3頁左欄~中央欄)



イ 乙5発明について
上記記載によれば,乙5発明は,ダクタイル鋳鉄の鋳造工場に関するものであっ
て,前炉(本件発明の「保持炉」に相当。)に保持されていた溶鉄を取鍋に充填し,
スラグを除去した後に,取鍋をコアードワイヤ処理ステーション(本件発明の「ワ
イヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置」に相当。)に搬送し,黒鉛球状化処
理を行うものである。
そうすると,乙5発明は,
「キュポラ溶鉄を保持する前炉と,前炉に保持されてい
た溶鉄が充填される取鍋と,取鍋内の溶鉄にマグネシウムを添加するコアードワイ
ヤ処理ステーションと,を備えたダクタイル鋳鉄の鋳造工場であって,前記取鍋は,
溶鉄が充填されスラグ除去された後に,前記コアードワイヤ処理ステーションに搬
送される,ダクタイル鋳鉄の鋳造工場。」であると認められる。
(3) 本件発明の進歩性の有無について
ア 本件発明と乙5発明との対比
以上によれば,本件発明と乙5発明とは,以下の一致点及び相違点を有する。
【一致点】

溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受
ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤーフィーダー法によ
る黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備である点。
【相違点】
本件発明は,
「保持炉と黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走する
と共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,
取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋は,搬送台車と取鍋移
送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段及び
取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられる」のに対し,
乙5発明は,前炉にて溶鉄が充填されスラグ除去された後に,取鍋をコアードワイ
ヤ処理ステーションへ搬送する手段が不明である点。
イ 相違点の検討
(ア) 乙7発明について
a 乙7文献の記載事項について
乙7文献には,以下の記載がある。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 取鍋を載置する台車,台車走行用のレール,台車の走行機構,注湯機
の位置に台車を停止させる停止機構,台車と注湯機の位置決め固定機構,台車と注
湯機の間の取鍋移送機構から構成され,前記位置決め固定機構は,スライド軸およ
び該軸の軸方向スライド機構と,該軸の嵌入具とからなり,該嵌入具の入側がテー
パをもって拡大されていることを特徴とする溶湯取鍋の自動搬送装置。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,鋳造品の製造において,鋳型に溶湯を注入す
る際,溶湯が装入された取鍋を,保持炉等から注湯機まで自動的に搬送するための
装置に関するものである。

【0002】
【従来の技術】鋳造品の製造において,鋳型に溶湯を注入する作業は既に自動化さ
れていたが,溶湯を注湯機まで搬送する作業は未だ人手によっていた。従来装置の
代表的な例を図5に示す。溶解された鋳鉄等の溶湯が一定温度に保持されて保持炉
1に収容されており,油圧シリンダー等で傾動させて,溶湯を取鍋3に移入する。
そして作業者31の操作により,ホイスト32で取鍋2を吊り上げ,モノレール3
3に沿って歩行しつつ,取鍋3を電動走行させ,注湯機11の上まで搬送し,ホイ
スト32を操作して,取鍋3を該注湯機11上の規定位置に位置合せし載置してい
た。
【0004】溶湯の温度は,鋳鉄の場合は例えば1550℃であり,これを収容し
た取鍋3の表面温度は300℃にも達する。取鍋3をホイスト32で吊るときは,
取鍋3の吊り環にワイヤを掛け,注湯機11上に降ろした後はワイヤを取外すが,
これらの操作は作業者31の手作業である。
【0005】このような従来の溶湯搬送作業は,ホイスト32による取鍋3の上下
動およびモノレール33による電動走行を除き,ほとんどが手作業であり,また作
業者は取鍋3に追従して移動する必要があった。ホイスト32で吊った取鍋は揺動
し不安定であるため,作業者には溶湯の飛散または火花などによる火傷の危険があ
り,ホイスト32のワイヤが切れた場合には大事故のおそれがあった。また,取鍋
3は高温であるため,取鍋3の吊り環へワイヤを取付け,取外す作業は,高温環境
でかつ危険であった。・・・
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,鋳造品の製造において,鋳型に溶湯を
注入する際,溶湯が装入された取鍋を,保持炉等から注湯機まで搬送し着脱する作
業を自動化することにより,危険を回避するとともに,取鍋搬送を安定化し,さら
に時間短縮等,作業の効率化を図ることを目的とする。・・・
【0007】

【課題を解決するための手段】上記目的を達成するための本発明は,取鍋を載置す
る台車,台車走行用のレール,台車の走行機構,注湯機の位置に台車を停止させる
停止機構,台車と注湯機の位置決め固定機構,台車と注湯機の間の取鍋移送機構か
ら構成され,前記位置決め固定機構は,スライド軸および該軸の軸方向スライド機
構と,該軸の嵌入具とからなり,該嵌入具の入側がテーパをもって拡大されている
ことを特徴とする溶湯取鍋の自動搬送装置である。・・・
【0008】
【発明の実施の形態】本発明装置を図1~図4の例により説明する。図1に示すよ
うに,保持炉1と注湯機11の間にレール4を敷設し,台車2を図示しない走行機
構により電動走行させるようにしている。台車2には取鍋3が載置され,注湯機1
1の位置に自動停止させる停止機構,台車と注湯機の位置決め固定機構,および台
車2と注湯機11の間の取鍋移送機構を有している。・・・
【0012】台車2と注湯機11の間の取鍋移送機構としては,台車2上にローラ
コンベア9,注湯機11上にローラコンベア10を設けている。両ローラコンベア
9および10は,図3に示すように,同一平面上に配設されている。そして,台車
2上のモータ16および注湯機11上のモータ17を同時に回転させ,取鍋3を移
送する。・・・
【0019】
【発明の効果】本発明装置により,鋳造品の製造において,鋳型に溶湯を注湯する
際,溶湯が装入された取鍋を,保持炉等から注湯機まで搬送し着脱する作業を自動
化することができ,作業者による危険作業が回避されるとともに,取鍋搬送が安定
化し,さらに時間短縮等,作業の効率化が図られる。また,必要に応じて,溶湯の
自動計量および自動記録も行うことにより,工程管理が容易となる。


図1


b 乙7発明について
上記記載によれば,乙7発明について,次のとおり認められる。
乙7発明は,鋳造品の製造において,鋳型に溶湯を注入する際,溶湯が装入され
た取鍋を,保持炉等から注湯機まで自動的に搬送するための装置に関するものであ
る。従来,鋳造品の製造において,鋳鉄等の溶湯が装入された取鍋を保持炉から注
湯機まで搬送する作業は,ホイストで取鍋を吊り上げ,モノレールにより走行させ
ていたが(【0001】【0002】
, ,図5),ホイストによる取鍋の上下動及びモノ
レールによる電動走行を除き,そのほとんどは作業者の手作業であり,また,作業
者は取鍋に追従して移動する必要があり,さらに,溶湯が装入された取鍋をホイス
トで吊って搬送することには,各種の危険があった(【0004】【0005】。そ
, )
こで,取鍋の搬送作業を自動化することによって危険を回避するとともに,取鍋搬
送を安定化し,更に時間短縮等,作業の効率化を図ることを目的とし【0006】 ,
( )
保持炉と注湯機の間にレールを敷設し,取鍋を載置した台車を走行機構により電動
走行させ,台車上に設けたローラコンベア(本件発明の「取鍋移動手段」に相当。)
と,注湯機上に設けたローラコンベア(本件発明の「取鍋移送手段」に相当。)によ
り,取鍋を,台車から注湯機上における取鍋を載置すべき所定位置へ移送するもの
(【0007】【0008】【0012】
, , ,図1,図3)である。

したがって,乙7文献には,取鍋を保持炉から注湯機上に搬送するため,ホイス
トとモノレールに換え,取鍋を載せて自走し,かつ,載せた取鍋をその上で移動さ
せるためのローラコンベアと,注湯機上に設けたローラコンベアからなる取鍋移送
手段を用いることが記載されているといえる。
(イ) そこで,乙5発明に乙7発明を適用することにより,本件出願時に当
業者が本件発明を容易に想到することができたか否かについて検討する。
前記に認定したとおり,乙5発明と乙7発明は,いずれも,鋳鉄の鋳造設備に関
するものであり,保持炉に保持されていた鋳鉄溶湯を取鍋に装入し,その鋳鉄溶湯
が装入された取鍋を,保持炉から次の所定の処理を行う装置まで搬送する工程を有
する点で共通するものである。
また,「鋳造工場の自動化・省力化マニュアル」(平成7年3月31日発行。財団
法人素形材センター。乙24)によれば,鋳造設備において取鍋を搬送する際,ク
レーンあるいはモノレールを使用した空間搬送の場合であっても,人が所定の場所
までペンダントを持って運ぶことが多く,溶湯が高温であるから,その安全性が第
一に問われていたこと,そのため,その安全性を確保しながら,工場の環境整備,
省力化のために搬送手段の自動化が進められてきたことが認められ,その方法とし
て,自動走行クレーンの利用による空中搬送のほかに,地上方式の場合も少なくな
く,搬送には様々な方法,用途があり,実用化がされていたことが認められる(9
7~99頁)。これによれば,本件出願当時,当業者にとって,取鍋を搬送するに当
たっては,その作業を自動化することによって危険を回避するとともに,取鍋搬送
を安定化し,更に時間短縮等,作業の効率化を図るという課題が周知であり,空中
搬送に換えて地上搬送を行うことも周知であったと認められる。
そして,乙7発明は,前記のとおり,取鍋の搬送作業を自動化することによって
危険を回避するとともに,取鍋搬送を安定化し,更に時間短縮等,作業の効率化を
図ることを目的としたものである。
そうすると,乙5発明及び乙7発明に接した当業者であれば,乙5発明において,

前炉に保持されていた溶鉄が充填された取鍋を,前炉から処理ステーションに搬送
するに当たり,取鍋の搬送作業を自動化することにより,危険を回避するとともに,
取鍋搬送を安定化し,更に時間短縮等,作業の効率化を図るために,取鍋の搬送手
段として乙7発明を適用して,前炉と処理ステーションの間にレールを敷設し,取
鍋を載置した台車を走行機構により電動走行させ,台車上に設けたローラコンベア
と,処理ステーションに設けたローラコンベアにより,取鍋を,台車から処理ステ
ーションにおける適宜定められた位置へ移送するという相違点に係る構成を容易に
想到することができるというべきである。
(4) 控訴人の主張について
ア 控訴人は,乙5文献には,乙5発明の取鍋内の溶鉄が,コアードワイヤ
処理の後に,別の取鍋に移し替えられて鋳造工程へ進むことが記載されており,こ
の鋳造工程では,移し替えられた取鍋を注湯機上に載置するものと認められるから,
乙5発明の取鍋は,注湯用の取鍋ではなく,乙7文献に記載の取鍋に相当するもの
ではない旨主張する。
しかし,乙5発明及び乙7発明における取鍋は,いずれも保持炉に保持されてい
た鋳鉄溶湯を装入する取鍋であり,保持炉から次の所定の処理を行う装置まで搬送
される点で共通するものである。そして,乙7発明の取鍋は,注湯機まで搬送され
るものであるとしても,乙7文献には,その取鍋の形状や用途について限定はなく,
単に鋳鉄溶湯を装入した状態で自動搬送される容器であると考えられるから,乙5
発明における取鍋と乙7発明における取鍋とは,搬送先を異にするものにすぎない。
そして,取鍋の搬送先が注湯機であるか,黒鉛球状化処理装置であるかによって,
技術的意義が異なると認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
イ また,控訴人は,乙5文献には,乙5発明の処理ステーションでは,取
鍋が,注湯機のように載置されるのではなく,吊り上げられることが記載されてい
るから,乙5発明の処理ステーションには,むしろホイストが必要であって,取鍋

移送機構を設ける必要がない旨主張する。
そこで,検討するに,乙5文献の図2には,処理ステーション内における黒鉛球
状化処理の際に,取鍋がフックにより吊り下がっている様子が描かれており,上記
処理の際に取鍋を垂直方向に吊り上げるため,ホイスト等が必要となるものと解さ
れる。
しかし,黒鉛球状化処理の際にホイスト等で取鍋を吊り上げているとしても,乙
5文献には,吊り上げた取鍋を水平方向に搬送することに関する記載はないから,
前炉(保持炉)から処理ステーションまで取鍋を搬送するための装置は,当然必要
とされる。そして,乙5発明が垂直方向に吊り上げるホイストを備えているとして
も,溶湯が装入された取鍋をホイストで吊って前炉(保持炉)から処理ステーショ
ン内の所定の位置まで水平方向に空中搬送することにより生じる危険性がなくなる
わけではなく,取鍋の搬送作業を自動化することによって危険を回避するとともに,
取鍋搬送を安定化させる必要があるのであるから,乙5発明に乙7発明を適用する
動機付けは,なお存するというべきである。控訴人の上記主張は採用できない。
ウ 控訴人は,処理ステーションでの球状化処理中に溶湯が取鍋の周辺に飛
散し,処理後においても,蓋を取鍋から分離する際に蓋の内面に付着,堆積してい
た溶湯が冷却されて地金となり落下することは,当業者にとって技術常識であった
が,本件出願当時には,溶湯の飛散や地金の落下によるローラコンベアの損傷を防
止する手段は存在していなかったことからすれば,当業者は,処理中に溶湯が飛散
したり地金が落下したりすることが想定される取鍋周辺の地上部分には,溶湯の飛
散や地金の落下による故障のおそれのある乙7発明のような搬送設備を設置するこ
とは動機付けられない旨主張する。
そこで,検討するに,乙5文献及び乙9文献において採用されているワイヤーフ
ィーダー法は,ロール成形で製造された鋼管で,必要な活性成分(Mg等)のコア
が製造工程において管の中心に組み込まれており,Mg等の反応物質を制御した状
態で溶融金属に供給することができるものである。そして,乙5文献の図2に示さ

れる取鍋には,「蓋」及び「排気装置」が設けられており,同文献には,「各処理の
観察により,劇的な出来事のない秩序だった工程が示されている。反応は適切に制
御,かつ抑えられており,鋳造工場の大気に放出されるヒュームは非常に少ない。」
(訳文3頁左欄)と記載され,さらに,乙9文献には,鋳鉄の黒鉛球状化プロセス
におけるコアードワイヤ射出ステーションについて,「取鍋は,・・・蓋に抗して取
鍋を引き上げるクレーンの上方推力により所定の位置に保持されている・・・マグ
ネシウムヒュームは,既存の炉排出システムを利用することにより,蓋のチャンバ
を介して排出される。(361頁右上欄) 「鋳造所へのヒュームの進入および金属
」 ,
の飛散がほとんどなくなり,環境が劇的に改善した。(363頁左欄)と記載され

ていることからすれば,
「蓋」及び「排気装置」が設けられた取鍋では,溶湯の飛散
は相当程度抑制されていることが認められる。また,仮に,溶湯の飛散や地金の落
下が実際に発生し,このことが乙5発明に乙7発明を適用することの妨げになるの
であれば,両発明の構成を有する本件発明においても同様の事態が生ずるはずであ
るから,本件明細書にそのような課題及びこれを解決する手段が記載されてしかる
べきであるところ,本件明細書にはそのような課題すら記載されていない。
以上を考え合わせると,溶湯の飛散や地金の落下によって自動搬送装置が損傷し
ないように,遮蔽や防護手段を設けることは,本件出願当時の技術水準においても,
当業者が適宜なし得ることにすぎない。
したがって,控訴人が上記に指摘する点によって,乙5発明に乙7発明を適用す
ることが動機付けられないということはできない。
(5) 小括
以上によれば,本件発明は,進歩性を欠いており,特許無効審判により無効にす
べきものであるから,控訴人は,本件特許権に基づく権利を行使することはできな
い。
2 したがって,本件発明に係る本件特許権に基づく控訴人の本訴請求は,その
余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。

第4 結論
よって,本件控訴には理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり
判決する。

知的財産高等裁判所第2部


裁判長裁判官
清 水 節


裁判官
中 村 恭


裁判官
中 武 由 紀

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