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特許 令和2年(行ケ)第10077号「5-HT1A受容体サブタイプ作動薬」(知的財産高等裁判所 令和3年12月27日)

3月2日(水)配信

 

【事件概要】
 無効審判において実施可能要件違反およびサポート要件違反と判断した審決を知財高裁が取消した事例である。
判決文を「IP Force 知財判決速報/裁判例集」で見る

 

【争点】
 適用対象が「双極性I型障害」および「双極性II型障害」であって、有効成分は「5-HT1A受容体サブタイプ作動薬」であることを確認したアリピプラゾールである、本件の医薬用途発明について、有効性(5-HT1A受容体サブタイプ作動薬一般が双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有するという技術常識)および安全性(5-HT1A受容体サブタイプ作動薬における躁病エピソードの誘発等の有害な作用の有無)を比較考量して、「5-HT1A受容体サブタイプ作動薬」であることさえ確認できていれば、実際に「双極性障害」の薬理試験を行うことなく、有効性に係る技術常識に基づき、本件発明の実施可能要件およびサポート要件を肯定できるか。

 

【結論】
イ この点に関し本件審決は,本件出願時において,各種の抗うつ薬を双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用することができることは,技術常識であるが,一方で,双極性障害の患者に抗うつ薬を使用した場合,躁病エピソードの誘発,軽躁エピソードの誘発,急速交代化の誘発,及び混合状態の悪化等の様々な有害事象が生じる危険性があることを考慮すると,全ての抗うつ薬が双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用することができるという技術常識があるとは言い難く,5-HT1A部分作動薬を双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用できることが技術常識であるとはいえないなどとして,5-HT1A部分作動薬を双極性障害の治療に使用することができることは,本件出願時の技術常識であるとはいえない旨判断した。
(ア) ところで,医薬品の開発は,基礎研究として対象疾患の治療の標的分子(受容体等)を探索し,標的分子(受容体等)に対する薬理作用及び当該薬理作用を有する化合物を探索する薬理試験(in vitro 試験,動物実験)が実施され,このような薬理試験の結果として,化合物が有する薬理作用が疾患に対する治療効果を有すること(「医薬の有効性」)について合理的な期待が得られた段階で医薬用途発明の特許出願がされるのが一般的であるものと認められる。
 一方で,薬機法は,・・・申請に係る医薬品が,その効能又は効果に比して著しく有害な作用を有することにより,医薬品又は医薬部外品として使用価値がないと認められるときは,承認を与えない旨規定し(同条2項3号),厚生労働省令で定める医薬品の承認を受けようとする者は,申請書に,厚生労働省令で定める基準に従って収集され,かつ,作成された臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならない旨規定している(同条3項)。・・・
 以上のような医薬品の開発の実情,医薬品の承認審査制度の内容,特許法の記載要件(実施可能要件,サポート要件)の審査は,先願主義の下で,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するとの特許法の目的を踏まえてされるべきものであることに鑑みると,物の発明である医薬用途発明について「その物の使用する行為」としての「実施」をすることができるというためには,当該医薬をその医薬用途の対象疾患に罹患した患者に対して投与した場合に,著しい副作用又は有害事象の危険が生ずるため投与を避けるべきことが明白であるなどの特段の事由がない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,当該医薬が当該対象疾患に対して治療効果を有することを当業者が理解できるものであれば足りるものと解するのが相当である
 これを本件についてみるに,本件審決が述べる「双極性障害の患者に抗うつ薬を使用した場合,躁病エピソードの誘発,軽躁エピソードの誘発,急速交代化の誘発,及び混合状態の悪化等」の「様々な有害事象が生じる危険性」については,本件出願当時,抗うつ薬と気分安定薬とを併用することにより,躁転のリスクコントロールが可能であり,躁転発生時には抗うつ薬の中止又は漸減により対応可能であると考えられていたことに照らすと,上記特段の事由に当たるものと認められない。
 そして,本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般がその抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有することが技術常識であったことは,前記ア認定のとおりである。
(イ) 以上によれば,本件審決の前記判断は誤りである

 

【コメント】
 医薬品である限り、その有効性のみならず安全性が考慮されて、審査が行われるべきことは当然のことである。裁判所は、薬機法とは異なり、特許法の実施可能要件およびサポート要件の審査においては、安全性よりも有効性に軸足をおいて審査すべきことを判示した
 ただし、本件発明には、「双極性障害」として「うつ病エピソード」のみならず、「躁(軽躁)病エピソード」も包含されていることから、「双極性障害」のうち「躁(軽躁)病エピソード」に係る発明に対する特許庁の更なる審理を裁判所は期待しているようである。
 なお、同日に判決された令和2年(行ケ)第10078~10083号の6つの裁判事件も、本件特許を審理対象とした関連事件である。

 

(執筆担当:創英国際特許法律事務所 弁理士 田村 明照)

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