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特許 令和6年(行ケ)第10012号
「乳酵素処理物、その製造方法、組成物および製品」
(知的財産高等裁判所 令和6年10月30日)

3月5日(水)配信

 

【事件概要】
 拒絶査定不服審判において進歩性欠如と判断した審決を知財高裁が支持した事例である。
判決文を「IP Force 知財判決速報/裁判例集」で見る

 

【争点】
 主引例(甲1発明)に記載された「ウシ初乳」に係る発明を除くクレーム(本件補正発明)とすることによって、進歩性が確保できるか。

(本件補正発明)
 乳をβ-ガラクトシダーゼおよびシアリダーゼと接触させる工程を含んでなり、前記乳がウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳を除く)である、乳酵素処理物の製造方法。
(甲1発明:主引例)
 ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)を、β-ガラクトシダーゼ、シアリダーゼ併用で酵素処理する、ウシ初乳MAF(Macrophage Activating Factor)を得る方法。
(甲3技術的事項:副引例)
 Gc-グロブリンは、βガラクトシダーゼ及びシアリダーゼで処理することで、効能のあるマクロファージ活性因子を生成すること。

 

【結論】
(3) 甲1発明に甲3技術的事項を組み合わせる動機付けについて
ア 課題等の共通性について
・・・甲1文献と甲3公報とは、糖鎖修飾によりマクロファージを活性化するものを提供するという点において課題が共通し、機能、作用効果での共通点も存在するというべきである。

イ ウシ常乳を用いる動機付けについて
・・・甲1発明にいう「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」だけでなく、その後に分泌され、飲用や乳製品の製造に供されるウシ乳も、血清や血漿と同様にGc-グロブリン(ビタミンD結合タンパク質(DBP)とも呼ばれる)を含むものであって、Gc-グロブリン源となることは、本件優先日前における周知技術であるといえる。
・・・甲1文献が選択した「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」は、ウシ乳の中では相対的にGc-グロブリン濃度が高いとはいえ、血清、血漿などの血液由来の原料よりはGc-グロブリン濃度が低い材料であるといえる・・・
・・・甲1発明の「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」以外のウシ乳、さらには本件補正発明の「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」のGc-グロブリン等の濃度が相対的に低いことは、当業者において、それらについての入手性の程度と同様、Gc-グロブリン源として何を採用するかという優先度を決定するための判断材料の一つとなるにすぎないというべきである。

ウ 動機付けについての結論
・・・動機付けは十分にあるというべきであり、また、阻害要因は認められない

 

【コメント】
 主引例の必須の構成要件である「ウシ初乳」を除くことによって、進歩性欠如の論理に阻害要因が生じることを出願人は主張したかったようである。
 ここで、弁理士会特許委員会や特許庁審判実務者研究会において、「除くクレーム」の功罪に関して昨今クローズアップされている。

(特許委員会第2部会:パテント2024 Vol.77,No.6,pp.45-60
「除くクレームは、進歩性欠如の拒絶理由を解消するための補正手段として有用であることが見出された。特に、引用発明の課題解決のための必須の構成を請求項に係る発明から除くと、「請求項に係る発明に到達するためには、引用発明においてその必須構成を敢えて採用しないことが必要である」という状況が構築される。このような除くクレームとする補正を行うとともに、引用発明から必須構成を除くように変更することには阻害要因がある旨を意見書で主張することが、進歩性の拒絶理由を解消するために有効である。」(60頁)
https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4435

(審判実務者研究会報告書2023(令和63月)41頁:ファイル81頁)
『「除くクレーム」については、「偶発的な先行技術」に対して新規性を確保する場合に限らず、あまりに自由に「除くクレーム」を用いることができる現状を問題視する意見が多くの参加者から示された。』
『特許庁に対して、新規事項以外の観点で、①除いた後の発明が全体として共通の効果を奏し、課題を解決できているのかをサポート要件で確認すべき、②審査段階の拒絶理由通知における新規性・進歩性の判断に対して、「除くクレーム」の補正が行われた後の審査でも、当初の拒絶理由に用いた先行文献で依然として新規性・進歩性を否定できないか否かを丁寧に検討すべき、との意見があった。』
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/document/sinposei_kentoukai/2023_houkokusyo_honpen.pdf

 この事件は、審判実務者研究会の『「除くクレーム」の補正が行われた後の審査でも、当初の拒絶理由に用いた先行文献で依然として新規性・進歩性を否定できないか否かを丁寧に検討すべき』との要望に沿って丁寧に検討された、妥当な審決および判決であると判断される。

 

(執筆担当:創英国際特許法律事務所 弁理士 田村 明照)

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