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11月16日
11月20日(木)配信
第二次世界大戦後の日本の復興は「東洋の奇跡」と呼ばれ、他の国々の発展の模範です。
その原動力は、「勤勉」かつ「努力家」な日本人の国民性であり、資源がなくても技術でもって国を創っていくことができるということを証明してきたと思っています。
そして今も、日本におけるイノベーションや産業競争力強化を図る上で、欠かせないのが中小企業の技術力・開発力で、我が国は、その技術開発に係る知的財産の取得・活用を促進することで地域・中小企業のイノベーション創出を支援し、我が国の成長力向上及び地方創生を目指してきました。
そうしたなか特許庁では、地方創生や中小企業における知財戦略の強化において地域を牽引する、中小企業や地域経済と密接に関係している金融機関(地方銀行、第二地方銀行、信用金庫、信用組合、地域金融機関系のベンチャーキャピタルを想定)に働きかけることが有効だと考え、平成27年度(2015年度)から平成30年度にかけて〔注1〕、中小企業知的財産金融促進事業を実施して金融機関における知財に着目した融資制度の創設や経営支援につなげる取組(金融機関内部の研修制度等)の構築を促してきました。
結果、平成30年度までの5年間の事業に参加した金融機関数は204、融資総額43.8億円(55機関が93社に対して98件の融資)と伸びてきました。しかし我が国全体の融資額として考えると、まだまだ大幅な伸びの余地があることは言うまでもありません。
どうしてもっと伸びてこないのか? それは、金融機関に評価できる目利き人材が不足している等の理由により、投融資や本業支援に直結しづらく、知的財産の活用を促すために十分な環境が整っているわけではないから! これが、今も変わらず残る永遠の課題です。
そして、目利き人材が不足しているとわかっているのなら育てればいいのだけれど、そう簡単には行かない。放っておいても進まない。そこで、まずは(国のお金を使って)呼び水的に事業を動かしていこう、そうしたらやがて大きな流れになるかもしれない――。こうして呼び水的事業は継続しています。
しかし国のお金で動かす呼び水的事業でありがちなこと。それは、残念なことに金の切れ目が事業の切れ目で本流にはなかなか成らない、ということです。
しかし、かけた分のお金による成果は顕著ゆえ事業は続き、令和元年度(2019年度)より更に特許庁が始めたのが「中小企業知財経営支援金融機能活用促進事業」です。どこで息継ぎしたらいいのか迷うような長い名前です。こちらは平成30年度までのものと比べて、中小企業等の経営支援により重点を置く方向で拡充されたもので、息継ぎする個所としては「知財経営支援」と「金融機能活用」の間が正しく、それら両方を促進する、というわけです。そして令和3年度からは更に拡充され、中小企業等の持つ知財を評価することに加えて、知財をベースに新たなビジネスを提案することに重点を置く方向に舵が切られました。
出典:「令和3年度 中小企業知財経営支援金融機能活用促進事業 公募説明資料」*1この5年の月日はあっという間に過ぎ、特許庁では、中小企業に関わる金融機関に対して、知的財産を活用したビジネス全体を評価した「知財ビジネス評価書」や知的財産を踏まえた経営課題に対する解決策をまとめた「知財ビジネス提案書」を提供しました。そして、令和4年度までの9年間の成果として、この知財ビジネス評価によって融資につながった総額は、約99.5億円(90機関が201件の融資を実施)でした(プラス5年で55.7億円増)。
加えてこの5年間の成果として令和3年度には知財ビジネス評価書(基礎項目編)及び手引き、令和4年度には知財ビジネス評価書(目的別編)及び手引きが策定されています。
これら事業で融資の対象となったビジネスが大きく花開き、金融機関に広く良い影響を与える大きなインセンティブとなることを期待して止みません。
なお、これまでの成果物は、その後の改訂も進められつつ、「2.旧事業関連コンテンツ(アーカイブ)」に集約されております。
さてこの2度目の事業の5年間は、更なる継続を念頭に今後の事業への期待という形で、以下の図のようにまとめられております。
具体的には、経営者の将来ビジョンを起点に、金融機関と専門家と共に対話し成長資金の投入を目指すとあります。
出典:「令和5年度 中小企業知財経営支援金融機能活用促進事業 調査研究報告書」*2ここで改めて長年に亘る知財金融促進のこれまでの歩みを確認しておきたいと思います。それには、特許庁の普及支援課が一覧にしてくださった以下の資料が分かりやすいです。
出典:「知財金融が目指す地域金融機関の次なる姿」特許庁普及支援課講演資料*3ではここで、大切なこと。この長年に亘る呼び水は本流を呼んだのでしょうか?
やはり本流の規模の判断は難しいようで、更に令和6年度から新たな事業が続きました。題して「中小企業の知財活用及び金融機能活用による企業価値向上支援事業」です。
3度目の正直と言っていいかどうかはわかりませんが、「中小企業」の冠は変わらず、事業名は「知財金融促進」→「知財経営支援金融機能活用促進」→「知財活用及び金融機能活用による企業価値向上支援」へと変遷。「促進」というスタイルから「企業価値向上の支援」という形になり、新しい法律下での「企業価値担保権」を意識した結果かどうかはさておき、企業価値の名の下、目標・目的が明確にされたものとなりました。
そして、令和6年度から作成・提供されるものは「知財ビジネス報告書」になりました。
これは、中小企業が持つ知財・無形資産の事業性価値に対して、金融機関からの適切な評価・資金調達が行われる仕組みの構築を目指し、関係性の強化を考えている金融機関と中小企業に対し、弁理士など専門家の協力のもと、自社の強みや保有知財の分析(As-Is)及び将来の目指す姿(To-Be)の実現に向けた経営戦略ストーリーを描くもの、とあります。
以下の図がその全体像です。
同上ちなみに経済産業省から出されている予算説明資料によると、この事業は令和6年度から令和10年度までの5年間の事業であり、短期的には、本事業において経営戦略構築の支援を行った中小企業数のうち、金融機関が知的財産の観点も含めた事業性評価を15件行うことを目指す、とあります。
令和7年11月現在、令和6年度分の事業は終了しており、令和6年度事業の報告書に書かれている内容が、長く続く知財金融促進事業の最新状況になるわけですが、規模はさておき知財金融を国のお金なしでも動く本流にするには、まだ足りない、と考えられることがより具体的に見えてきたような気がいたします。
まず、3度目となるこの5年間の事業の全体スキームが以下の図のとおり示されているのですが、金融機関が主体になっていないところがどうしても気になります。本コラムの第1回の繰り返しになりますが、「知財金融」では「知財」という言葉から特許庁が、そして「金融」という言葉から金融庁が何かと仕切り、知財関係者と金融関係者が何らかの取組を展開するような印象がありますが、ネットで「知財金融とは」で検索すると「金融機関が中小企業の知的財産(知財)を活かして経営を支援する取組です。知財の価値を理解し、事業や経営の課題解決に貢献することを目的としています。」との回答。つまり、主語は金融機関なのです。
呼び水的事業なのだからと言ってしまえばそれまでですが、この全体スキームを見る限り、ここにある「事務局・専門家」は知財関係者であり、金融関係者は受け取る側になっております。果たして金融機関は知財金融の主語になれるのかがとても気になります。
出典:「令和6年度中小企業の知財活用及び金融機能活用による企業価値向上支援事業(知財レポートを活用した中小企業における金融機関への情報開示に関する調査研究)調査研究報告書」(以下、令和6年度事業の報告書)*4さて本コラムでは「本流」と称してきましたが、知財金融促進のこれまでの歩みが一覧に示された上記3枚目の図では「自走化」(に向けた環境整備)と、いみじくも表現されています。
そしてその自走化のために「ツール類の整備」があり、知財ビジネス報告書も提供し、金融機関による評価に対する支援も行うわけですが、国のお金が切れても自走するのかどうか、要するに「この先は誰がお金を出すんですか?」という問題がどうしても残ります。
令和6年度事業の報告書では、その点にもちゃんと向き合っています。感動しました。
それは「今回の知財ビジネス報告書は、どの程度の金額であれば、自ら資金を出して作成を依頼しようと思うか」という直球の質問に対する回答です。
同上この絵のとおり「0円」という回答が一番多い点にまず目が行き、やはりダメかあと思いがちですが、何が嬉しいって「0円」以外の金額、つまり値が付けられている回答のほうが多いことです。「0」に何をかけても「0」ですが、値が付いたからにはその値を更に高めるアクションを考えればいいわけで、本流(自走化)に向けた事業展開が大いに期待できます。
そして、この報告書には今後の活動の手掛かりとなると思われる多くのコメントが記載されています。以下にピックアップしました。
これらの金融機関におけるコメントから、課題が見えてきます。
お金に関するもの
- 知財に限らず第三者による評価の費用は、融資先が負担するのが一般的であると考え、当金融機関では個別の融資先の評価等に対する予算はない
- 関与の度合いもあるが、金融機関へのフィーがあればよりありがたい
- 知財金融への取組みを通じた収益化が確立されておらず、積極的な推進意欲に繋がっていない
知識に関するもの
- 専門領域の分析は、金融機関単独で実施するには知見がなく、中小企業理解に課題を感じていたが、本事業を通じて当社及び知財についての理解が進み、一定の支援の方向性が見えた
- 金融機関職員が専門家と同様の知財ビジネス報告書を作成することは難しいと感じた。何らかの研修制度等を設けてくれるとありがたい。
- 地方中小企業に対する本事業は有意義であると思うが、資料作成のハードルが少し高いと感じる
- 事業内容が複雑であったため、弁理士や事務局に比べ、金融機関の方が内容の理解が追い付いていないと感じた
- 取引先企業へのヒアリングでの知財情報の活用における課題として、知財に関する知識不足・属人的な実施となっていることが多く挙げられた
- 知財を活用した金融機関の具体的な事例集、知財を活用した金融機関のコンサルティングの可能性について、セミナー等で取り上げてほしい
体制に関するもの
- 知財ビジネス報告書に基づき、応募中小企業は営業活動を強化していくが、 それをフォローをする体制があると金融機関にとっては心強いため、今後フォロー体制の検討をして頂きたい
- 本調査を通じて金融機関の多くが、知財金融への取組意欲はあるものの、推進態勢やノウハウの蓄積、取組みを通じた収益化等に課題を抱えていることが明らかになった
- 多くの金融機関が知財金融の活動全般において課題があると回答しており、具体的な課題として知財金融の推進に関する態勢整備が最も多く挙げられた
- 取引先の知財に関する事前情報収集をする際の課題としては、取引先全体に対する情報収集の実施、金融機関内での十分な周知が最も多く挙げられた
- 金融機関の多くが知財金融への取組意欲はあるものの推進上の課題を多く抱えている
- 知財金融に関する本部の推進態勢が整っておらず、営業店に対する周知も十分に行われていない
- 知財金融への取組みが担当者の属人的な動きにとどまっており、組織として知財金融のノウハウが蓄積されていない
課題は大きく分けて「お金」「知識」「体制」の3つ。
お金に関しては、上記の「0円じゃない値付け」からもわかるように、金融機関の融資推進のためのサービスの一環として回り始める気がします。
知識に関しても、餅は餅屋で専門機関がその分野に関しバックでサポートします。
しかし、体制ばかりは組織の在り方に及ぶものゆえ、金融機関の内部で推進者が必要です。
上記コメントのなかに「属人的」な動きや実施という言葉が散見されました。
その推進者は金融機関にいて、中小企業の目指す方向を把握し、知財の専門機関につなぐ大切な役割を果たしていると思われます。いうまでもなく技術を捌き、知財の専門機関と話せる、ある程度の知財マインドが必要です。しかし技術や知財の専門家である必要はありません。金融機関で推進を担う者です。その推進者が課題となっている金融機関内の体制の要となり、金融機関内にポジティブな雰囲気をつくっていくことになります。
それが知財金融アナリストなんですね! と気づいてくださいましたでしょうか?
次回は、そこにフォーカスします。
■注
■参考資料
■著者プロフィール
著者:奥 直也
一般社団法人 知財金融協会代表理事
株式会社パソナグループ 執行役員
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1986年特許庁入庁。元特許庁審査・審判官。入庁後、経済産業省(当時通商産業省)機械情報産業局企業係長、国際連合専門機関 世界知的所有権機関(WIPO)カウンセラー、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)知財活用支援センター長等を経て、退官後2019年10月よりパソナグループナレッジバンク事業部統括部門長に着任。2022年2月に知財金融協会を設立。特許庁の調査事業にて特許保護のサポートをしつつ、知財活用の側面から中小企業を支援。大阪市出身。
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