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8月24日
8月21日(木)配信
「事業性融資」「事業成長担保権」「企業価値担保権制度」などなど急に漢字を並べられても、なんじゃそれって感じでしょう。実は私もそうでした。それがかれこれ4年半前、金融庁による「事業成長担保権」という言葉を私が初めて目にしたのは、「知的財産戦略本部構想委員会」(第3回、令和3年1月29日)の議事録でした。知財戦略の委員会の中にあって金融庁からの発言に痺れました。
それは、金融庁監督局総務課長からのご発言。(以下、同委員会議事録からの引用です。)
「(前略)金融庁は様々な施策を進めてきました。例えば20年前の金融危機時に策定されました金融検査マニュアルについて、これに基づいた画一的な検査方法では金融機関に多様で主体的な創意工夫を妨げてしまうのではないかなどといったような問題意識から、一昨年12月に廃止をいたしました。 こうした金融機関が顧客の事業についての理解を深める取組を促す議論の中で、金融庁としましても金融機関が知的財産を含む企業の強みという観点から、特に中小企業の事業内容や成長可能性を適切に評価して、知的財産の適切な利活用を含めて企業価値の向上に資するアドバイスやファイナンスを行うことが重要であるというように考えています。」 (原文ママ)
出典:「知的財産戦略本部 構想委員会 知的財産推進計画2021策定に向けた検討 第3回会合 議事録」*1(首相官邸ホームページ)
知財の世界ではない金融庁の方からのご発言です。さらにご発言は続きます。
「(前略)今般、法務省におきまして担保法制の見直しに向けた議論が始められます。金融庁としても、金融機関が事業を理解するコストを負って、無形資産も含めた事業全体を支援する適切な動機づけをもたらす新たな選択肢として事業全体に対する担保権の立法可能性について、国連のモデル法なども参考に問題提起をしているところでございます。金融庁の研究会の論点整理におきましては、事業成長担保権という仮の名前で詳細を議論しております。この事業成長担保権は、事業者の機械や債権、在庫といった個別の資産だけではなくて、ノウハウや顧客基盤、のれん等の無形資産も含む事業全体に担保権を設定することができるようにするというものでございます。」
このご発言のうち、とりわけ痺れたのが「金融機関が知的財産を含む企業の強みという観点から、特に中小企業の事業内容や成長可能性を適切に評価して、知的財産の適切な利活用を含めて企業価値の向上に資するアドバイスやファイナンスを行う(後略)」のところ。
担保にしようというのだから、その中小企業等の事業(ビジネス)を評価することがとても大切になってくるのは言うまでもありません。金融機関が、その企業のビジネスが継続して収益を生み、また成長するかどうかということについて評価をすることになります。
ここに昔からある「知財評価」との違いがあります。特許権や商標権そのものの価値を評価するのではありません。ビジネスとの関係を考慮せずして、価値の評価などあり得ない、というのが知財金融の考え方だと思っています。商標はそのビジネスに関わるブランドを保護し、特許はそのビジネスの同業他社参入のリスク等を小さくするので、商標や特許でしっかり武装されているということが、そのビジネスの評価を高めるというわけです。
知的財産も絡め、ビジネスの継続性、成長性を評価する。そして特許技術はビジネスの種なので、改良によっては、いろんな花を咲かせる可能性もあります。
上の図は同委員会における金融庁の説明資料からのもので、新たな選択肢が整理されています。そして私はこの金融庁の動きによって火がつき、約1年後に知財金融協会を誕生させたというわけです。
特許等の知的財産について、中小企業等の尖った技術を見出して評価できる目利き人材が、金融機関の内部では不足しているといった理由から、投融資や本業支援には直結しづらい。そこに知財の専門調査会社等を挟むとしても、中小企業等とその専門調査会社とをつなぐような、中小企業の技術を掘り起こす目利きのできるキーマンが金融機関の中にいてくれないため、知的財産の活用を促すメカニズムがうまく回っていかないことは明らかだ――そう考えたからです。こうした状況を踏まえて特許庁が進めてきた知財金融促進事業に関しては、次回ご紹介します。
さて、本題の事業性融資制度。法律の正式名は「事業性融資の推進等に関する法律」で、上記構想委員会での議論から約3年半。令和6年6月14日に成立・公布され、施行期日は「公布の日から起算して二年六月を超えない範囲内において政令で定める日」とされています。以下、事業性融資推進法といいます。
ポイントが上の図に集約されています。上記約3年半前の説明資料と見比べてください。「事業成長担保権(仮称)」が「企業価値担保権」という名前に変わっています。法律の目的から客体に絞り込んでしまったような名称変更で、個人的には立法時の熱意や勢いが消されたように感じ、少々残念に思えます。しかし、その担保ってなんですか? と問うた人が、それは事業成長ですよ! って答えられるより、企業価値ですよ! と答えてもらったほうがしっくりくる、ということなのかもしれません。
さて詳細は同資料をご覧いただくとして、この法律の施行に向けた金融庁の最近の動きをご紹介します。
令和7年度に入りパブコメを経て5月30日、金融庁から「事業性融資の推進等に関する法律等に関する留意事項について(事業性融資の推進等に関する法律等ガイドライン)」*4が公表されました。発信元は金融庁、事業性融資推進プロジェクトチームです。
これは令和6年6月に成立・公布した事業性融資の推進等に関する法律の、立法に至る議論の内容(金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」報告書や国会審議等のうち、労働者保護に関するもの)をまとめ、留意事項として整理したもので、同法律の施行の日から適用されます。
さすがガイドラインで、その中身にはこの制度を理解するという観点からはもちろんのこと、知財金融を促進するという観点からも刺さる言葉がいくつかありましたので、業界の動きとしてキーワードをご紹介したいと思います。
以下、上記ガイドラインから刺さった言葉の抜粋です。
担保目的財産の考え方について
企業価値担保権は、労働者や商取引先を適切に保護し、金融機関による事業の継続及び成長のための支援を円滑にすることを目指すものであり、事業性に着目した融資実務に適合する新たな選択肢として創設された。
担保目的財産の考え方も、このような目的に適合するもの。すなわち、事業者と金融機関の関係をより緊密にし、事業性融資の推進を図るため、新たに創設した企業価値担保権について、将来キャッシュフローを含む事業全体の価値を担保の目的とする。事業性融資の推進等に関する法律(以下、法)においては、これを、債務者の「(一体としての)総財産」を目的とすることとして表現。
法においては、(中略)個々の財産に対する強制執行等に対して企業価値担保権者が配当参加できない旨(同条第3項)を規定している。このような規定により、企業価値担保権は、債務者の個々の財産を固定的に担保の目的とするものではなく、将来のキャッシュフローの源泉となる事業者の総財産(のれんやノウハウ等の無形資産を含む)が一体として担保の目的になることが明確にされている点に留意が必要。
労働契約等における契約上の地位について
企業価値担保権は、(中略)企業価値担保権の設定そのものにより、労働契約その他の契約や労働条件について、変更が生じるものではない。また、企業価値担保権者等は労働条件等(債務者における人員整理や労働条件の引下げ等)について決定する等の権限を有するものではなく、企業価値担保権設定の目的も、企業価値担保権者等が労働条件等に影響を及ぼすことでない点に留意が必要。
金融機関においては企業価値担保権が設定されている場合に限らず、借り手に対して取引上の優越的な地位を不当に利用し、労働条件の引き下げ強制を含む、取引の条件又は実施について不利益を与えるような行為を行うことは銀行法令等において禁じられていることに留意が必要。
借り手の事業拡大や経営改善等にあたっては、企業価値担保権が設定されている場合に限られないことではあるものの、まずは経営者が自らの経営の目標や課題を明確に見定め、これを実現・解決するために主体的に取り組んでいくことが重要であり、貸し手には、顧客企業の事業拡大や経営改善等に向けた自助努力を最大限支援していくことが求められることについても留意が必要。
このような伴走支援を通じて借り手の事業の継続及び成長を実現するためには労働者からの労務提供が必要不可欠であることや、価値ある事業を継続及び成長させていくことは労働者の雇用の安定の観点などから極めて重要であることを踏まえ、企業価値担保権の制度設計において労働者保護の観点が重要とされたことにも、留意が必要。
担保目的財産の換価の方法について
企業価値担保権の実行においては、事業を解体せず雇用を維持しつつ承継することが原則(法においても、「担保目的財産の換価は、裁判所の許可を得て、営業又は事業の譲渡によってする。」(法第157条第1項)と定められており、個別財産の換価は、事業の譲渡が困難である場合における例外となっている(同条2項))
このように、企業価値担保権の実行方法を事業そのものを承継させるものとすることは、事業価値を維持するのみならず、労働者の雇用の継続にもつながるものとなる。こうしたことも踏まえると、企業価値担保権の実行にあたっては、管財人には、事業譲渡の金額の多寡のみを問題にするのではなく、雇用の維持や取引関係の維持、その他多様な事情を考慮して最も適切な承継先を選定することが求められると考えられる。
以上でガイドラインからの抜粋はおわりです。
上記ガイドラインはここまでで約半分でして、あとは
「企業価値担保権の実行に係る労働者とのコミュニケーション」
「企業価値担保権の設定に係る労働者とのコミュニケーション」
「労働関係法令との関係についての考え方の整理」
といった項目で、労働者の理解と協力が必要との観点から、労働組合等への情報提供のあり方、労働組合等の意見を聞かなければならないといった留意事項が延々と記載されております。
事業性融資を推進しようというのだから、事業を重視するのは当然で、冒頭からこの取組は素晴らしい! と感じられ、どんどんやって欲しい! と思う反面、当たり前といえば当たり前とは思いますが、労働者の保護に関して、こうもたくさんの留意事項を並べられると、企業価値担保権を設定すると大変なことになるような印象をどうしても持ってしまいました。
現時点で公表されている情報に基づき、ご紹介させていただいた事業性融資制度のこと、なんとなくでも、そのイメージをつかんでいただけましたでしょうか?
今後これら留意事項も含め、この法律の施行に向け、事業性融資推進プロジェクトチームが各方面への説明やPRをより一層進めていくのだと思います。
その際、一番気になるのは、金融機関による伴走支援の内容です。
伴走支援といえば、長年にわたり、特許庁は独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)と共に、中小企業等の経営支援につながる取組として知財金融促進事業を進めてきております。そしてその中で多くの伴走支援もございました。
次回はその知財金融促進事業に迫ります。
(第3回につづく)
■参考資料
■著者プロフィール
著者:奥 直也
一般社団法人 知財金融協会代表理事
株式会社パソナグループ 執行役員
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1986年特許庁入庁。元特許庁審査・審判官。入庁後、経済産業省(当時通商産業省)機械情報産業局企業係長、国際連合専門機関 世界知的所有権機関(WIPO)カウンセラー、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)知財活用支援センター長等を経て、退官後2019年10月よりパソナグループナレッジバンク事業部統括部門長に着任。2022年2月に知財金融協会を設立。特許庁の調査事業にて特許保護のサポートをしつつ、知財活用の側面から中小企業を支援。大阪市出身。
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