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社会実装につながる知財戦略を、機能し始めたスタートアップ知財支援

3月23日(木)配信

「第4回IP BASE AWARD」受賞者たち(右端は濱野幸一特許庁長官) 「第4回IP BASE AWARD」受賞者と選考委員(右端は濱野幸一特許庁長官)

 優れた知財活用を行うスタートアップや、スタートアップ支援で実績を上げた知財専門家などを表彰する「IP BASE AWARD」(主催:特許庁)の授賞式が、このほど都内で開催された。
 グランプリを受賞したのは、慶應義塾大学発のバイオベンチャー「ハートシード」(スタートアップ部門)と、弁理士で神戸大学客員教授などを務める馰谷剛志氏(知財専門家部門)。
 ハートシードは、iPS細胞を用いた心筋再生医療の実現を目指し、事業戦略に連動した知財戦略を展開。デンマークの製薬大手ノボノルディスクとの大型ライセンス契約を締結するなど、バイオスタートアップにとってお手本ともいうべき成功例となった。
 馰谷氏は、スタートアップ支援を通じて海外の有力企業とのディールを成功させた実績、アカデミアシーズの発掘や起業支援、大学における知財啓発活動など、幅広い分野での貢献が評価された。

濱野幸一特許庁長官。スタートアップ支援プログラムのロゴ入りオリジナルTシャツを着用し、事業への意気込みを示した。 濱野特許庁長官。スタートアップ支援プログラムのロゴ入りオリジナルTシャツを着用し、事業への意気込みを示した。

 スタートアップによる知財活用を後押しし、知財コミュニティの活性化を目指すIP BASE AWARDの授賞式は、今年で4回目を数える。挨拶に立った濱野幸一特許庁長官は、昨年11月に政府が発表した「スタートアップ育成5か年計画」に触れ、スタートアップ育成機運が社会全体で盛り上がりつつある中、その成長促進の鍵とも言える知財活用の支援策としてIP BASE AWARDが「機能していると感じている」として、自信をのぞかせた。 

「日本の強みは合せ技という総合力」、分厚い特許ポートフォリオで大型ライセンス契約

スタートアップ部門でグランプリを受賞したハートシードの福田恵一社長。慶應義塾大学医学部循環器内科の教授も兼務する。 スタートアップ部門でグランプリを受賞したハートシードの福田恵一社長。慶應義塾大学医学部循環器内科の教授も兼務する。

 スタートアップ部門でグランプリを受賞したハートシードが世間の注目を一気に集めたのは、2021年6月にノボノルディスクとの独占的技術提携・ライセンス契約締結を発表した時だ。最大5億9800万ドル(当時のレートで約650億円)の一時金などを受け取る大型契約だった。
 授賞式当日のセッションで、契約締結に成功した背景について聞かれると、ハートシードの福田恵一社長は、「(iPS細胞を用いた心筋再生医療において)入り口から出口までのすべての特許を持っていたことが奏功したのではないか」と答えた。たとえば再生医療の場合ならば、細胞に関する特許にとどまらず、医療機器や移植方法なども含めた多様な領域の特許を複合的に組み合わせて取得することで、「ほかが真似できない技術ができあがる。それが非常に重要だ」とし、厚みのある知財ポートフォリオを戦略的に構築することの重要性を強調した。
 さらに、「日本の強みは、こうした複雑に組み合わせるという総合力にあるのではないか」との考えを示し、「100メートル走のような短距離競争では米国に勝てないかもしれないが、柔道やレスリングのように技を組み合わせて総合力で競うものには強みがある」とたとえた。
 ノボ社を交渉相手に選んだ理由については、同社が再生医療分野に強みを持っていたことに加え、「世界168カ国に直接販路を持っていた点が決め手になった」と明かした。医薬・医療の分野では、「シーズはローカルだが、戦いはグローバル。いいものは世界共通で広まっていく」といい、会社の設立当初から世界展開を目指していたため、世界中に張り巡らされたノボ社の販路を利用して自社の治療法を世界に広める戦略を立てたという。
 ハートシードのこれまでの経緯を巡っては、IP BASE AWARD選考委員長の鮫島正洋氏がセッションの中で、「2015年の会社創業時に大学側からきちんと知財の譲渡を受けたことが、すべての(成功の)出発点だろう」と指摘。大学発スタートアップと大学側が交渉する際には、「そこがいつも苦労するところで、譲渡してくれる大学は非常に少ない」といいい、投資家目線に立った場合に、「特許権がライセンスなのか、譲渡されたものなのかはバリュエーション面で相当違うはずだ」との見方を示した。
 この点について、福田氏は、会社設立の段階で特許の譲渡を求めて大学側と交渉したことを明かした。海外特許も含め、保有する特許が広範にわたるために維持費がかさむ事情があったのだが、それをすべてハートシード側が負担すると説明。さらに、会社の具体的なビジョンや成功で得られる大学側へのフィードバックなどを「丹念に説明することで理解してもらえた」という。

知財ポートフォリオで相手に先回り、「丁々発止」の議論にも対応

知財専門家部門でグランプリを受賞した馰谷剛志氏。国内外での多数のスタートアップ支援実績に加え、アカデミアシーズの発掘や起業支援、大学における知財啓発活動など、幅広い分野で活躍している。 知財専門家部門でグランプリを受賞した馰谷剛志氏。国内外での多数のスタートアップ支援実績に加え、アカデミアシーズの発掘や起業支援、大学における知財啓発活動など、幅広い分野で活躍している。

 一方、知財専門家部門でグランプリを受賞した馰谷氏は、医薬などの高い専門性を生かし、バイオスタートアップの企業価値を高めることに貢献。海外有力企業との大型ディールを成功させるなど、国内外で数々の支援実績を築いてきた。

 馰谷氏は受賞者プレゼンテーションの中で、「日本の知財戦略に足りないことのヒントになると思う」として、海外企業との間で自らが成功させた知財交渉2例の取り組みを紹介した。

 1例目は米国企業とのディールだ。馰谷氏はまず、クライアントのスタートアップが持つ技術について、「様々な社会実装の可能性を見据えた上で特許出願し、次の事業がどうなるか、グローバルにどう展開していくかといったことを考えながら知財ポートフォリオをつくっていった」。さらに、クライアントの保有する技術が先端技術だったことから、「海外でどのように特許になり、権利行使できるのかをすべて知っておく必要があった」として、日米欧中における知財ポートフォリオをそれぞれ策定。相手方と自陣営の強み、弱みをそれぞれ丹念に分析した上で想定質問を準備し、ディールに臨んだ。「日本人だからといって引け目に感じる必要はまったくなく、十分に準備することで、丁々発止の質問にも対応できるようにしておくことが重要だ」といい、実際の”現場”の想定なども含めた形で事前の作りこみを入念に行うことの重要性を説いた。

 2例目は、フランス企業との交渉に途中から参加し、成功に導いた事例だ。知財交渉では、知財専門家がディールの途中で加わるケースも多いという。参加が決まり、馰谷氏がディールの前に相手企業の知財状況を調査しランドスケープを策定してみると、知財の保有比率が相手企業の「100」に対してクライアントのスタートアップが「0」に近い状況であることがわかった。それでも一定期間で契約に落とし込まなければならないという中で、馰谷氏は、「日本のアカデミアのシーズはそれなりに光るものがあるので、しっかりと特許をつくりにいく」こことにした。その際、「相手が欲しいと思うもの、あるいは嫌だな思うもので、グローバルに展開できる知財ポートフォリオを先回りして策定」し、出願・権利化した上で交渉に臨んだという。最終的な知財の保有比率は、相手の「100」に対し「5」程度。もっとも、「特許は数の問題だけでなく、クオリティも重要。質に換算した場合はおそらく50対50にまで達していた」ため、ディールは成功に終わったという。

 いずれのケースも、クライアント企業や相手企業の事情、事業の方向性などを分析した上で戦略的な知財ポートフォリオをつくり、入念な準備のもとで実際の交渉に臨み、結果を出していることがわかる。

 その後のセッションに参加した選考委員の丹羽匡孝氏によると、馰谷氏が作成してクライアントに渡す知財ポートフォリオなどの様々な情報は、「経営判断に役立てられるような形に加工されていることがみてとれる」といい、馰谷氏が常に経営と知財を結び付けた目線で知財支援活動を行っている点を高く評価していた。

社会実装につながる知財戦略を

 左から、選考委員長の鮫島正洋氏、馰谷氏、福田氏、ハートシードで知財を担当する太田幸子シニアエキスパート、濱野特許庁長官 左から、選考委員長の鮫島正洋氏、馰谷氏、福田氏、ハートシードで知財を担当する太田幸子シニアエキスパート、濱野特許庁長官

 福田氏と馰谷氏は、それぞれバイオスタートアップのCEOと弁理士という立場の違いはあるものの、知財への取り組み方には多くの共通点が見受けられた。両者はまず、社会実装を見据えた知財戦略が不可欠だと考えており、それをグローバルレベルで実践している。福田氏のハートシード社は、自社技術を全世界で展開するために、戦略的な知財ポートフォリオを構築した上で、世界中に販路を持つ大手製薬会社と交渉し、提携した。馰谷氏は知財専門家として、国内外で「社会実装の可能性を見据えた形、事業戦略を踏まえた形で知財をつくることに尽力してきた」(馰谷氏)。
 アカデミア発シーズの社会実装に注力している点も同じだ。福田氏は、アカデミアシーズを企業が取り込む流れができている米国に日本が遅れをとっている現状を問題視しており、「研究から社会実装することへ」と日本のアカデミアの流れを「変えなくてはいけない」との思いで会社を設立した。馰谷氏は、バイオスタートアップの知財支援を手がける中で、アカデミアシーズの価値を高めることに寄与してきた。

知財相談は創業初期に、スタートアップの多くは「too late」

受賞者と選考委員らによるセッションの様子 受賞者と選考委員らによるセッションの様子

 そんな両氏はともに、スタートアップは早いタイミングで知財専門家に経営戦略・知財戦略について相談するべきだとすすめている。知財専門家としてスタートアップと関わる機会の多い馰谷氏は、「スタートアップ支援のときは、最初のところ(経営戦略を形作り、知財戦略を形作るところ)から知財専門家が入っておかなければ、『too late(遅すぎる)』になることが多い」と指摘する。権利化する前に、チームのメンバーが発明などについて少しでも口外したり発表したりしてしまうと、「特許法の原則上、広い事業領域をしっかり守れるような特許をつくれなくなることが多い」こともあり、「最初の段階で知財専門家がどこまで関与できるかが、日本の課題だ」との見解を示した。

 一方、福田氏は、ハートシードにおける経験から、「この道の後輩にアドバイスするとしたら、早い段階から知財専門家に相談しながら研究を進めたるべきだ、と言いたい。急がば回れだ」との考えを示した。

これからの知財専門家に求められるスキル

IP BASE AWARD選考委員長の鮫島正洋氏。コロナ禍を経て、「日本は明治維新、戦後に続く第3の創業期に入った」として、スタートアップを支援するための知財エコシステム構築の重要性を説いた。 IP BASE AWARD選考委員長の鮫島正洋氏。コロナ禍を経て、「日本は明治維新、戦後に続く第三の創業期に入った」として、スタートアップを支援するための知財エコシステム構築の重要性を説いた。

 経営戦略に絡めた知財戦略、社会実装に直結する知財戦略の重要性を指摘する声がいっそう強まる中、知財専門家に求められるスキルや能力も多様になっている。鮫島氏はセッションの中で、「知財の専門家には、その会社のビジネスをきちんと理解し、ビジネスを促進する立場に立った上で、知財、契約、データ管理という三つの柱をビジネス軸に載せてアドバイスすることが求められ始めている」と指摘した。

授賞式会場の様子 授賞式会場の様子

■第4回「IP BASE AWARD」グランプリ受賞者
【スタートアップ部門】
Heartseed株式会社
【知財専門家部門】
馰谷剛志氏(山本特許法律事務所・神戸大学客員教授)

■第4回「IP BASE AWARD」奨励賞受賞者
【スタートアップ部⾨】
カバー株式会社
株式会社ソラコム
booost technologies株式会社
【知財専⾨家部⾨】
内田誠氏(iCraft法律事務所)
島田淳司氏(株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC))
【エコシステム部⾨】
HVC KYOTO(独⽴⾏政法⼈⽇本貿易振興機構・京都府・京都市・京都リサーチパーク株式会社)
パテント・インテグレーション株式会社
八木雅和氏(⽇本バイオデザイン学会/⼤阪⼤学)

選考委員
委員長:鮫島正洋氏(弁護士法人内田・鮫島法律事務所 代表パートナー弁護士・弁理士)
委員:
加藤由紀子氏(SBIインベストメント株式会社 執行役員 CVC事業部⻑)
藤木実氏(株式会社IP Bridge 代表取締役)
丹羽匡孝氏(シグマ国際特許事務所 パートナー弁理士)
高宮慎⼀氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 代表パートナー)

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