ホーム > IP Business Journal > ヤマハ株式会社 小杉直弘さん
―― 音楽を提供ということは、“楽器を売る”という発想には、ある意味縛られておられないのでしょうか。
小杉さん1950年代から音楽教室事業を運営しています。「いくら楽器を売っても弾いてくれないのではもったいない」という思いから始めたものですが、モノコトでいえばコト(体験)を提供する事業を、その当時から積極的に行っています。使われていない楽器でいえば、今、日本の小中学校の音楽室には箏が使われず埋もれてしまっているらしいのです。
―― 確かに、学校で箏を習ったという話は聞いたことがないですね。
小杉さんなぜ使われないかというと、教えられる人が少ないからです。ここでも「楽器が使われないのはもったいない」という発想から、箏の教習用のソフトウェアを作って、学校に販売することにしました。また、VOCALOID(歌詞とメロディを入力することでバーチャルシンガーの歌声を出力するヤマハの歌唱音声合成技術)を使った、子どもたちでも簡単に作詞作曲ができるソフトウェアの提供もしています。子どもたちが自作の曲を卒業式で自ら合唱して、先生や保護者の方に聞いてもらうのです。すると、先生たちは感動して泣いてしまうらしいのです。
―― それはとても素敵な社会貢献だと思います。
小杉さんそうですね。音楽事業を行うことがイコール社会貢献だと社長も言っています。今後は、東南アジア、アフリカ、南米などの新興国にも積極的に音楽体験を提供していきたいですね。「Venova(ヴェノーヴァ)」という、リコーダーに近い形状とサイズでサックスのような音色を出せる管楽器を昨年発売しましたが、ボディが樹脂でできています。そのため、水に濡れても錆びないので、楽器にとって環境の良くない地域・場所での使用にも耐えられます。この製品は、技術面でも高いハードルを乗り越えて完成したもので、知財部としても特許、意匠、商標出願で関わっています。意匠に関しては、グッドデザイン賞の最高賞であるグッドデザイン大賞を受賞しました。海外でもぜひ普及させたいですね。
――ヴェノーヴァに限らず、さまざまな製品をグローバルで展開されていますが、海外での知財活動のポリシーや戦略についてはいかがでしょうか。
小杉さん特許出願については、開発の大半が日本で行われていることもあり、まずは日本で出願し、そこから選別して約3割を海外に出願するという方針を採っていました。
しかしながら、当社の売上の約7割を海外が占める現状において、日本中心の出願戦略はグローバルな競争に勝てないと感じており、今はドラスティックに方針を転換し、日本で出願したものはすべて海外にも出願するくらいの勢いで遅れを挽回すべく進めています。
出願国としては、現状、米国、欧州、中国が中心になっています。自動車など他の分野と異なり、嗜好品である楽器は新興国での普及の進み方が遅く、ようやく中国市場が成り立ち始めたという段階です。とはいえ、特許は20年間権利期間が存続しますので、先を見越した権利化戦略を立てなければなりません。インド、東南アジア、南米、アフリカといった地域についても、各国の法制度のインフラや運用状況、市場の立ち上がり方を睨みながら検討しているところです。片や、当然知財コスト、費用対効果も意識しなければなりませんから、権利化に踏み込むタイミングを読むのは難しいですね。