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3月23日
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3月18日(月)配信
山口大学(大学研究推進機構知的財産センター)は3月13日、都内で大学の知的財産教育関係者などを対象に、「知財教育シンポジウム」を開催した。他大学に先駆けて知財教育に注力し、教材や教育プログラムを開発してきた同校は、文部科学省認定の「教職員の組織的な研修等の共同利用拠点」として、他大学における知財教育への支援にも力を入れている。
シンポジウムでは、山口大の知財教育プログラムを導入している東洋大学、東京農業大学、大分大学の3大学の導入事例と効果についての発表があった。いずれの大学も、自前の知財教育を行う中で、それぞれの課題やニーズがあったことから山口大のプログラムの導入に至っており、各々のケースで、学生の満足度が高まるなどの効果が認められたことが報告された。
2013年度に全学部1学年時の知財科目を必修化するなど、先行してこの分野をリードしてきた山口大の取り組みに関しては、同校知的財産センターの木村友久 副センター長(国際総合科学部教授)から報告があった。
木村氏によると、1学年時に知財科目を履修した学生は、専門課程に入ってから、そこで得たスキルと知財に関する知識を統合し、社会実装に向けて自発的に動くようになるなどの目に見える変化があることがわかってきたという。木村氏は、「知財の科目を持っていると、社会実装まで至ったときのリスク軽減を考えながら新しい仕組みをつくる、というところまで学生が考え始める。それが山口大の取り組みの中身だ」と話し、知財教育の有用性を説いた。
同校で必修化された知財教育を受講した学生は、すでに卒業して社会に出ているといい、冒頭で挨拶した岡正朗 学長は、「知財教育を受けた卒業生、修了性が、社会のあらゆる局面で新たな価値創出で活躍することを心より願っている」と期待感を示した。
山口大学からはこのほかに、知財教育プログラムの一環として、標準化教育の導入支援を2019年度から本格開始することが発表された。知財との親和性が高いとされる「標準化」は、製品やサービスの標準・ルールの作り手になることにより大きな利益を生み出すことにつながるものとして、注目されている。
このほか、英語による知財教育の有用性についても紹介があった。
シンポジウムでは、冒頭、内閣府知的財産戦略推進事務局の住田孝之 事務局長が基調講演し、供給過多で需要サイドの力が強くなっている時代において、AIなどで産業構造が大きく変化しようとしている状況下では、新たな価値やビジネスを「デザイン」できる人材が求められるとして、そうした人材を育成する知財創造教育の重要性を訴えた。そうした突き抜けた能力を持つ人材を伸ばすことのできる柔軟な環境を教育の現場で実現するためにも、小中学校などの初等段階での教育プログラムに知財創造教育の考え方を浸透させたいとの考えを示した。
山口大が知財教育を拡充し始めたのは20年ほど前からで、以来、学部・大学院の双方でカリキュラム体系を整備。先述の通り、2013年度には文系・理系を問わず全学部で1学年時の知財科目を必修化し、2015年に知財教育における共同利用拠点に認定された。知財教育の導入を望む各大学は、山口大が開発した教材に加え、知財に関わる組織的な研修プログラムを教員対象(FD)、職員対象(SD)の双方で受けることができる。
『教職員の組織的な研修等の共同利用拠点(知的財産教育)』により、山口大学が提供できる組織的な研修(FD・SD)のコンテンツ一覧はこちら。http://kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/chizai/data/fdsd20161130.pdf
東洋大では、理工学部の学生に対する知財の講義で、演習教材を充実させたいとの考えにより、2017年度から山口大の教材プログラムを導入。並行して知財の専門教員を招聘して講義を行うとともに、東洋大の教員が研修(FD)を受ける形で支援を受けた。同年度の後期課程以降は、FDを受けた東洋大の教員が同内容の講義を引き継いで行っている。導入した演習プログラムの一例としては、「チョコレート製菓の包装体に関する発明」などがあり、アイデアの発想や簡易文献調査、明細書の作成、プレゼンテーションなどを演習として行った。
一連の取り組みを担当し、FD研修を受けた東洋大産官学連携推進センターの稲岡美恵子客員教授(知的財産マネージャー)によると、学生の試験結果や理解度、アンケート結果からわかる満足度などは、山口大と東洋大の結果を比較してもほとんど差がなく、こうした傾向は担当教員が代わっても同様だったという。講義内容に対する学生の評価も総じて高めだった。稲岡氏はこれらの結果から、「教える人が異なっても、同じテキストと教材を用いれば、同等の学習効果を得ることができるほか、一定レベルの授業の質と学生の学習理解度を担保することができる」と結論付けた。
一方、東京農大の事例では、非常勤講師・知財アドバイザーとして講義を担当する弁理士の吉永貴大氏(吉永国際特許事務所所長弁理士)が、守秘義務があるために学生に実務上の経験談を話せないものの、現場に近い話を学生に知ってもらいたいとの考えから、山口大の知財プログラムを採用。2016年に農学部の学部生向け講義で、知財専門の教員を派遣してもらい、アイデアの発想や課題の発見の仕方を学ぶコンテンツを題材に講義を展開した。アンケート結果からは、大部分の学生がこの講義を有用と感じ、知財に関する関心を高めたことなどがわかったという。
この結果を受け、2017年には、大学院生向けの講義にも山口大の知財プログラムを導入。農業と関連させたテーマで、特許や意匠などの出願事例に触れたり、実際の特許訴訟について議論したり、マインドマップやMN法などを用いた思考法を実践したりといった講義を知財専門教員の派遣を受けて行った。農業と絡めたテーマで展開したこともあり、こちらも学生の評価は高く、有用との反応を得られたという。
吉永氏は、知財について初めて触れる学生がほとんどであることから、どうしてもテキストに沿った概論的な講義が多くなる中で、大学院生に関しては、専門的な深みのある議論につながる山口大のプログラムが有用だとして、今後も利用したいとの考えを示した。
大分大では2018年度からの学部の再編に合わせて理工学部の選択必修科目である知財の授業に山口大のプログラムを導入。大分工業高等専門学校への知財教育の展開を検討していたことも、背後の事情としてあった。
導入に際しては、山口大のプログラムの単位数・コマ数を再編した上で、同校から派遣された知財専門教員が著作権関連の講義を担当し、平行して大分大の教員に対するFD研修を実施。著作権関連以外の知財科目については、それまで大分大で知財教育を担当してきた同校産学官連携推進機構知的財産部門長の富畑賢司教授(弁理士)が担当した。1科目あたりの受講生が200人ほどのマンモス講義となったが、学生の反応は概ね良好で、講義が有用だったと評価した学生が多かったという。
次年度については、事務所弁理士などの学外講師などと連携しながら、経済学部の選択科目に同プログラムを導入するほか、大分高専の必修科目として導入することも決定している。
一方で、山口大の知財教育プログラム導入時の課題点も、三者三様に挙げられた。東洋大の稲岡氏は、自分で作成したレジュメでないことから、表面的な理解のまま講義をする形になってしまう点に問題を感じており、また、講義の中でどのポイントに重点を置くかは教員によって異なってくるため、提供を受けたものに追加や削除をした「改変レジュメ」を作成して利用することを推奨した。さらに、プログラムを利用して自前で講義をする際に、コンテンツの趣旨と狙いについての認識にズレが生じてしまうケースがあるため、「FD研修の前などに打ち合わせができる時間があるとありがたい」との考えを示した。
東京農大の吉永氏も同様に、他者が作成したコンテンツの場合、その中で事例として選択されたものの背景や意図についての理解が浅薄になり、教材活用の効果が半減してしまうとして、「講師向けの解説テキストがあると助かる」との考えを示した。
大分大の富畑氏は、そもそも講義を担当できる学内教員が見つからないという問題があることを明かした。教員不足の問題については、質疑応答の中で、他大学の関係者からも同様の問題を抱えているとの声が上がった。
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
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