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11月17日
12月9日(月)配信
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
知財教育の重要性を訴える声が強まる中、大学学部生の授業に知財科目を導入する動きが広がっている。いまだ環境の整っていない”黎明期”ともいえる状況で、知財教育を取り入れた現場ではどんな課題を抱え、どんな工夫をしているのか。
大分大学において、唯一の知財専任教員として知財科目の導入拡大に努める同校産学官連携推進機構・知的財産部門長部門長の富畑賢司教授に話を聞いた。
――大分大学ではもともと、大学院で知財科目の授業を行っていたということだが。
富畑教授(以下、略) 唯一の知財科目として、大学院工学研究科の選択科目「MOT特論Ⅲ」が開講されており、私は2015年4月に着任してその授業を担当している。 学部への知財科目設置は2017年度からで、工学部が理工学部へと改組されたことに伴って新設された。ただし、学生が2年生になってから履修する選択必修科目なので、実際の開講は2018年度に入ってからだった。その開講から実際の授業運営までの一連の取り組みに、私は当校で唯一の知財専任教員として携わってきた。
――理工学部に新設された、学部初の知財科目とは。
選択必修科目として2科目を開講し、1つを選択させる形になっている。1つは「知的財産論」で、知財の基本について幅広くカバーしている。特許や著作権、商標といった知財のイロハを教えるのはこちらの科目で、私が受け持っている。
もう1つは「イノベーション科学技術論」で、こちらは外部から企業関係者などを呼んで話をしてもらうオムニバス形式の授業を行っている。
知財の基礎に触れ、特許情報の調査なども含めて知財とがっぷり向き合うことが求められるのは、「知的財産論」の方だろう。
――その「知的財産論」の開講にあたっては、知財教育研究共同利用拠点となっている山口大学のリソースを活用したそうだが。
教材を使わせてもらったり、講師を派遣してもらったりする形で協力を受けた。大学院の授業は20~30人ほどの生徒数で、個々に顔を突き合わせながらグループワークや特許調査などができるが、学部の授業は一度に200人以上の学生を相手にするマンモス授業で、なかなかアクティブな取り組みをしづらい。知財というものは、講義の中で一方的に話をしてもまったく面白くないもので、ましてや相手は学部生だ。これは、授業の内容や教材に工夫が必要であり、試験内容や成績の付け方にも明確な基準が必要だと考えた。
――それで、全学部生への知財科目必修化などを通じ、教材や講義のノウハウを豊富に蓄積していた山口大のリソースを活用したのか。
そういうことだ。山口大が開発したワークシート付の教材を初年度の2018年度から使わせてもらい、今年度も引き続き使用している。講師派遣の方は、初年度に、著作権の授業だけ専門の先生に来てもらい、授業をしてもらった(このほか、大学院の授業でも、2019年度に標準化を専門とする講師の派遣を受けている)。そこで得たノウハウをもとに、今年度は著作権の授業も含めたすべての授業を私が担当している。授業内容は、もともと山口大が1単位8コマで展開していた内容を2単位15コマに再編して実施している。
――どんな内容を教えているのか。
「知的財産論」の授業では、著作権、特許、意匠、商標などの入門的な知識について広く教えている。ボリュームでいうと、比較的、著作権についての内容が多い。そのほか、特許などの知財情報検索の仕方について学ぶ時間も設けている。
――マンモス授業ということだが、何か工夫していることは。
授業の合間で、知財に関連する身近なトピックや時事ネタなどを話題にすることで、知財への学生の関心を引き寄せることを常に意識している。
話題にするのは、著作権絡みのトピックが多い。やはり、学部生にとっては普段の生活も含めて一番身近な話題であり、興味を引きやすいからだ。日頃から、著作権に絡んだ出来事や事件には常にアンテナをはってネタをストックしているのだが、幸いと言っていいのか、最近はその手のニュースに事欠かない。インターネットコンテンツやSNSを利用する機会の多い学生たちにとって、最近の著作権侵害事件などは、他人事ではないのだろう。話題にすると、明確な反応が返ってくる。
――他人の権利を侵害することの弊害を知ってもらい、知財の権利への意識を高める、ということか。
もちろん、それも非常に重要なことなのだが、どちらかというと、入り口は、自分たちも権利者となる可能性が高い中で、権利を侵害されることによる損失や弊害について想像力を働かせてもらうというところにある。
理工学部の学生は、将来的に特許なども含めた権利を保持する側に立つ可能性が非常に高い。アプリの開発能力を持った学生も大勢いるので、すでに権利者となっているケースもあるかもしれない。そうしたときに、本来ならば入ってくるはずの収入が、他人に権利を侵害されたために入ってこなかったら、どうだろうと。自分が侵害を受けた場合の弊害や損失について想像させることで、だから、他人の権利も侵害してはいけないのだということを理解してもらうわけだ。
――自分が被害者となるケースを想定するほうが、その痛みや弊害について容易に想像できると。
そういうことだ。そして、その次のプロセスとして、特許や意匠の話をする中で、理工系の研究をしている君たちは発明者になる可能性が高いのだから、どうしたら権利になるのかを知っておいたほうがいいよ、権利をどうやってコントロールできるかを知っておいたほうがいいよ、といった話をする。
富畑賢司(とみはた けんじ)教授の略歴 博士(工学)。大手繊維メーカーで医療機器の共同研究開発、特許出願などに従事。2007年、弁理士試験合格。所属企業の法務・知財室での実務を経て、2015年4月から大分大学産学連携推進機構知的財産部門長・教授に就任。2018年5月~2019年3月、大分県知的財産総合戦略策定委員会委員長。2018年6月から(平成30、31年度)工業所有権協力センター(IPCC)大学知財活動助成事業「特許情報を活用した医看工芸連携活動の促進と、大学教職員等への知的財産情報検索研修プログラム開発」代表者に。
――権利化する方法、権利を管理する方法についても、一通り教えるのか。
学部生の授業では、そこまでは踏み込まない。学部生への授業で目指しているのは、特許や意匠、商標、著作権などについての基本的なイメージを一通り持たせた上で、必要ならば自分で知財情報を調査するという姿勢を持ってもらうこと。まずはそこまででいいのではないかと考えている。
理工学部の場合、企業に就職する学生が圧倒的に多い。私自身、長年にわたって企業で研究開発と知的財産の実務に携わってきた経験から、企業によって知財戦略が大きく異なること、社員に行う知財教育の方針がそれぞれで違うことについて身をもって知っている。
――特に就職する学生の場合、卒業後に身を置く環境での“知財事情”は、それぞれで大きく異なると。
知財戦略は事業戦略と密接にかかわるものだ。そのため、企業ごとに大きな違いが出てくる。そうであるならば、学生に対してはあまり“色”を付けすぎない方がいいのかもしれない。
それよりも、学部卒業生には最低限のラインとして、知財について一通りの基礎知識を身に着けたうえで、自分の判断で知財情報にアクセスできるようになってもらうことが重要なのではないか。
――まずは、知財情報について調べる姿勢を確実に身に着けさせるということか。
そうだ。今は、インターネットで誰もが簡単に知財情報について調べることができるのだから、企業で仕事をするにしても、研究者になるにしても、知財情報を自分から進んで調査するような姿勢を身に着けておいてほしい。自分がやっていることが新しいのかどうか、最低限、そこは知っておかなければならい。
私が企業で研究開発部門にいた頃は、自力で特許情報を調べる作業のハードルが今よりも格段に高かった。専門の部署にいる人が紙の資料を手でめくって調べていたような時代だ。パソコン通信を使えば調査できないこともなかったが、誰もが気軽にできるような作業ではない。
今の学生は、私が企業にいたころよりも、さらに一歩進んだ地点から社会人生活をスタートできるのだから、それを利用しない手はない。時代が大きく変わったのだ。
――知財教育のゴールも、そうした姿勢を持った学生の育成?
知財教育のゴールについては、今もまだ思案を続けているところだ。ただ、より実践的で突っ込んだ内容を学んでいる大学院生と比較して、学部生の場合は、まずは一般教養としての知財の知識を身に着けたうえで、知財情報について自ら調査・分析できるようになってもらいたいと思っている。「ヒト」「モノ」「カネ」に加えて、「知財情報」を経営資源として使いこなせるような人材を育成できるような教育にしたい。
さらに欲を言えば、今はまだ、理系の院生や学部生を中心に、知財教育を施しているが、将来的には、山口大のように文系の学部生も含めたすべての学生を対象に知財科目を必修化できたらいいなと考えている。
――今後も拡充、強化していくと。
そうできればと思っている。ただ、そのためには課題も多い。
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