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7月6日
7月10日(木)配信
前回は、私たちの研究室で取り組んでいる知財教育の概要をご紹介しました。今回は、その中でも特に力を入れている「アニメ制作プロジェクト」の始まりについてお話しします。
私が本学で知財教育・情報教育に取り組み始めて10年が経ちましたが、初期の頃からずっと感じていたモヤモヤがありました。それは、ネット社会の仕組みやビジネスに対する若年層の想像力の不足です。学生たちは、普段何気なく使っているアプリやサービスの裏側に、ネットワークを介した通信やサーバでの情報処理が行われていることや、クリエイターや流通を支える企業の存在があることなどを、あまり想像せずに利用していることが多く、2020年頃までは「(自分の使っている海賊版アプリのことを指して)このアプリって危険なんですか?」「検索エンジンにはなぜ広告が出てくるんですか?」といった無邪気な質問を受けることもありました。(コロナ禍以降はなぜかそういった質問を受けることも少なくなりましたので、高校における情報教育の工夫が進んだおかげかもしれません。)
こうした状況を踏まえ、私は情報モラル教育の分野に知財の要素を意識的に盛り込む実践が必要だと考えるようになりました。特に従来の情報モラル教育では不足しがちであった「ビジネス」の視点を取り入れることを意識しています。社会に出る前の学生たちがビジネスのことを想像できないのは無理もありません。そこで、できるだけ現場の方々と触れ合えるよう、ベンチャー企業を訪問したり、エンタメ企業にご講演いただくなど、試行錯誤を重ねてきました。
その甲斐もあって、知財について学ぶ前と学んだ後で学生たちに大きな意識変容が見られるようになりました。また、意識だけでなく、海賊版コンテンツの利用をやめるよう他者を説得するなど、行動変容にまでつながっている例もありました。そして、学生との対話や講義後のリアクションペーパーを通じて、「どうすれば無断転載を無くすことができるか」「推しのために何か自分でもできることはないか」という強い欲求が生まれていることもわかりました。
そこで私は、著作権など知財の仕組みを学んだ学生たちが、自分たちの言葉で同世代に伝えていくことに大きな意味があるのではないかと思うようになりました。そんな中、2022年度に大分県「地域連携プラットフォーム推進事業」として、大分県教育庁教育デジタル改革室と連携し、情報モラル教育充実推進事業を実施することになりました。この機会を逃したくなかったので、その枠組みの中で「ぜひ啓発動画を作らせてください!」と申し出ました。こうして、情報モラル教育推進事業の一環として、研究室の学生たちを巻き込んだ啓発アニメ制作プロジェクトが始まりました。
啓発アニメーションのテーマは「海賊版問題」です。学生たちは、自分たちが伝えたいメッセージを考え、キャラクターやシナリオ、字コンテを自ら制作していきました。
学生たちは履修している授業もバラバラでしたので、プロジェクトの初期段階では、「海賊版問題」といっても、学生たちの知識やイメージはまちまちでした。実際のところ、「入学前から違法動画が許せなかった」といった声もあれば、「違法だとは思っていたけれど、どういう仕組みで誰が困っているのかは知らなかった」という声もあり、反応は様々でした。そこでまずは、授業やゼミを通じて基本的な知識や背景をレクチャーしたうえで、「どんなことを伝えるべきか」「どこに課題があるのか」をディスカッションするところからスタートしました。事業の趣旨に鑑み、ターゲットは中高生を中心とした若年層としました。
制作するにあたって、特に学生たちが苦労したのは、「同世代に響くようにどう伝えるか」という点でした。難しい言葉を使えば距離ができてしまう。かといって軽すぎても啓発にはならない。表現の正確さも求められる。そのバランスを取るのが非常に難しい作業でした。キャラクターの設定やストーリー展開にも悩みながら、何度も字コンテを練り直し、セリフや場面転換に工夫を重ねました。自分たちで新しいコンテンツを創るための議論はとても面白く、その様子は地元メディアにも取り上げられました。
技術的にも挑戦がありました。特にメインキャラクターとしてオリジナルのLive2Dモデルを活用した点が新しかったと思います。Live2Dモデルの制作は在学中から制作を進めてくれていた卒業生のクリエイターに協力を仰ぎ、表情や動きの細かい部分にまでこだわりながら進めていきました。アニメーション映像はプロの動画制作会社に委託する形を取り、研究室で制作した成果物(キャラクターデザイン、Live2Dモデル、字コンテ)を動画制作会社に共有しました。そして、それらが素敵な絵コンテやプロのイラストレーターによるイラストとなって返ってきたときは、みんなで喜びの声をあげました。また、委託後も自分たちで責任を持って作品を仕上げるため、すべての工程のチェックと修正提案は必ず全員で行いました。この手法は現在も続けています。*1
この啓発アニメでは研究室の公式キャラクターとして「星野夜めま」ちゃんが初めて登場しました。星野夜めまちゃんのことをご存じない方がほとんどだと思いますので、簡単に紹介します。
めまちゃんの原点はこの海賊版の啓発アニメよりもっと前に遡ります。実は「めま」という名前は、私が教員として本学に着任した当初、学生へのメッセージで「また」と入力するところを誤って「めま」と入力したことに由来します。このちょっとした誤字が学生たちの間で話題となり、やがて授業の中で「“めま”を擬人化しませんか?」という声が上がりました。
それをきっかけに、学生たちが遊び心を持って設定を出し合うようになり、「黒髪ツインテール」「いちご好き」「メンマ好き」「おとめ座」などの設定が徐々に加わっていきました。こうして、“めまちゃん”は多くの学生たちに愛されながら、次第にキャラクターとしての形を持つようになっていったのです。
2022年度の啓発アニメ制作にあたり、このキャラクターを正式に登場させようという話になり、上で述べたようにキャラクターデザインとLive2Dモデルの制作が行われ、ついにビジュアルが確定しました。また、学内の関係者から名字を募集する企画を経て、「星野夜(ほしのや)」という名字も決定し、「星野夜めま」というフルネームが誕生しました。
さらに、このタイミングで「大分県の高校生」、「顔を出さない歌い手“めんみ”としてアーティスト活動をしている」という設定も加わり、キャラクターの世界観が一気に広がっていきました。声優(大分県ご出身の首藤志奈さん)のキャスティングもこのタイミングで決まり、学生たちの想像力と創意工夫によって誕生した「星野夜めま」ちゃんは、ついにネットで公開される映像作品に登場することとなりました。*2
こうして完成したアニメはYouTubeで公開され、大分県教育委員会のWebサイトでも紹介されています。学生たちは、最初は戸惑いながらも「自分たちが学んだことを同世代に伝えたい」という強い思いを持って取り組んでくれました。そして、シナリオの中では、説明の難しい権利の話やクリエイターへの影響を、現実世界の出来事に例えて伝えるという工夫を凝らしてくれました。情報モラルの世界では、情報技術や匿名性という壁が介在することで想像力の発揮が阻害されることが多いのですが、現実世界に例えることで、技術やビジネスについて知らない若年層であっても自分事として理解することができます。
私が授業で話すだけでは届かない部分も、学生たち自身の言葉だからこそ響くものがあると実感しています。海賊版に関する既存の啓発動画は、業界や行政が制作・発信しているものが多く、コンテンツの消費者である学生たちが知財を学んだ後の純粋な気持ちで同世代に語りかけるという点に新規性や魅力があったのではないかと感じています。
この取り組みの様子や学生たちの本音は、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)のWebサイトでもクロスインタビュー記事として紹介されています。制作の裏話や学生たちのリアルな声が掲載されていますので、ぜひあわせてご覧ください。*3
【完成動画】【大分県/情報モラル】"推し"は正しく応援しよう!【星野夜めま🌃🌙】
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■筆者プロフィール
著者:野田 佳邦
大分県立芸術文化短期大学 情報コミュニケーション学科 准教授
知的財産支援室 次長/情報メディア教育センター 次長
弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)/ビジネス著作権検定上級
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大分県生まれ。大阪大学大学院情報科学研究科修士課程修了(修士(情報科学))。その後、特許庁でIT分野の特許審査業務などの知財行政に従事。在職中、弁理士試験やビジネス著作権検定上級に合格するとともに、経営学修士課程を修了(修士(経営学))。故郷である大分県に貢献したいという強い思いがあり、2015年より大分県立芸術文化短期大学に着任。大分県知財戦略推進会議副議長、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)「10代のデジタルエチケット」教育コンテンツ検討委員、一般財団法人工業所有権協力センター(IPCC)特許検索競技大会実行委員、大分市DX推進アドバイザー、公益財団法⼈ハイパーネットワーク社会研究所共同研究員などを務める。近年は、学生参加型のアニメ教材制作プロジェクトなど、ポップカルチャーやデジタルコンテンツを取り入れた教育活動を展開している。
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