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【特別編】特許権侵害を発見したら?~交渉の始まりと進め方~(後編)

7月24日(水)配信

 

〈前編はこちら〉

 

3 侵害訴訟と和解とどっちがお得か

 前編では「どこまで譲ることができるのか」が重要な問題であると述べましたが、警告書を受け取った当事者(「警告受領者」といいます。)として、譲歩する最大の理由は、「訴えられたら困る」という点にあります。もし「絶対に訴えられない」のであれば、何も怖くはありません。製品の販売を継続することもできますし、金銭の支払いに応じる動機付けもありません。逆に、特許権者の立場からいえば、「和解に応じなかったら訴えるぞ」という構えを崩してはならない、ということになります。「訴えない」ということが警告受領者にとって明らかな状況であれば、警告受領者が製品の販売を中止、又は、お金を支払ってまで、和解する動機付けがないからです。

 基本的な考え方として、「和解の条件が、特許権侵害訴訟を提起して期待できる結果よりも有利である限り、譲歩する」というのが、重要な戦略となります。なぜなら、「特許権侵害訴訟を提起するほうが有利」なのであれば、和解をせず、訴訟提起するほうが良いからです。下図は、それぞれ訴訟メリットと和解メリットを示したものであり、初めにオファーした条件よりも徐々に和解条件を譲歩する様子を表しております。

 

 

 この図に示されるように、和解条件を譲歩していくと、どこかで、和解条件が訴訟により期待できるメリットを下回ることになります。

 なお、訴訟提起によるコストを考慮すれば、特許権侵害を黙認するほうがむしろメリットであるという場合もあると思います。たとえば、もし訴訟により販売の差止請求や損害賠償請求がすべて認められたとしても、訴訟の弁護士費用の方が高い、というような場合です。このような場合は、訴訟提起のメリットが和解のメリットを上回ることはありません。

 

 

 もっとも、実際は、訴訟により得られるメリットの見積もりが難しいことは少なくありません。侵害可能性、無効可能性などを含めた勝訴の見込みはもちろんですが、認められる損害賠償額、代理人費用、企業担当者の負荷、風評など、あらゆる事情を総合考慮して、訴訟により得られるメリットを見積もります。これらの要素は、数値化するのがしばしば難しいものであり、はっきりした正解を出すのは困難です。しかしながら、これらの諸要素を考慮しなければ、適切な和解条件の設定ができません。すなわち、諸要素を考慮することにより初めて、どの程度の和解条件で合意するならば、訴訟提起をするよりも有利であるのか、不利であるのかを判断することが可能になり、「和解条件をどこまで譲歩できるのか」という疑問に答えることができるのです。

 他方、これらの要素を考慮せず、訴訟により得られるメリットを把握しないで交渉を始めてしまうと、和解交渉の過程でずるずると妥協をしてしまい、いつのまにか「それなら訴訟をしておくべきだった」ということにもなりかねません。

 

 しばしば見られるのは、次のような例です。初め、特許権者としては、「500万円の支払いに応じないならば、和解はしない」という戦略で交渉を始めたとします。その背景には、もちろん「この和解条件を下回るようならば、訴訟提起をする」という戦略があるはずです。

 しかし、交渉が進むうちに、「500万円を支払ってもらうのは難しそうだが、200万円の支払いという条件ならば、合意にいたりそうだ」ということが分かってきます。そこで、「何ももらえないのは得策ではないし、訴訟をするのはコストもかかるから、200万円でも応じよう。」という判断をくだしたとします。そして、和解の合意に至ったとします。

 一見、ありえそうな状況だと思いませんか?しかしながら、このような状況はもちろん好ましいものではありません。なぜなら、初めに「500万円の支払いに応じないならば、和解はしない」という戦略で交渉を始めたのに、交渉が進んでいくうちに、「何ももらえないのは得策ではないし、訴訟をするのはコストもかかるから、200万円でも応じよう。」という考えに変わってしまっているからです。しかしながら、もともと「500万円の支払いに応じない」場合には、特許権侵害訴訟を提起するほうがメリットは大きいと判断して、この500万円という条件を決定したのですから、これを下回る条件で合意することは、交渉として誤りであるといえそうです。もし、「訴訟のコストは大きいから、200万円でも合意できたのはよいことだ」と考えられるのならば、それはもともとの500万円という条件設定が誤りだったということになります。

 

4 おわりに

 前後編の2回に分けて、特許権侵害に関し、基本的な交渉戦略を考えてみました。特許権侵害訴訟は、事業戦略の1つに位置付けられるべきものだといえます。訴えを提起せずとも、交渉で同じ利益が得られるのであれば、当然、コストの小さい「交渉」の手段によるべきであると考えられます。しかしながら、交渉によって、完全に思い通りの内容で合意に至るとは限りません。その場合、条件を譲歩しながら、合意の可能性を探りつつ、もし合意の条件が、訴え提起により期待できるメリットよりも小さいところまで下がってきた場合には、訴え提起をするべきだと考えられます。実際には、訴訟により期待できるメリットの見積もりが難しいために、はっきりした正解を求めるのが難しいことも少なくありませんが、基本的な考え方は、これによるのが妥当だと考えております。皆様の、交渉戦略、訴訟戦略のヒントになれば幸いです。

 

(執筆担当:創英国際特許法律事務所 弁護士 寺下雄介)

 

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