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特許 令和2年(行ケ)第10143号「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法」(知的財産高等裁判所 令和4年6月23日)

9月7日(水)配信

 

【事件概要】
 無効審判においてサポート要件違反および実施可能要件違反との審判請求人(原告)の主張をいずれも理由がないと判断した審決を知財高裁が支持した事例である。
判決文を「IP Force 知財判決速報/裁判例集」で見る

 

【争点】
 以下の7つのパラメータ(丸数字を追加)で特定された「ラップフィルム」について、

【請求項1】
①TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、②MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって、
③温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり、
④塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して、⑤エポキシ化植物油を0.5~3重量%、⑥クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し、かつ、⑦厚みが6~18μmである、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。

 特に、サポート要件について、原告(審判請求人)から以下の主張があった。(1)請求項1は、7個のパラメータで構成されているが、審決が①~③の3個のパラメータさえ本件発明の範囲にあれば本件発明の課題を解決できると認識できると判断したのは妥当ではない。
(2)①引裂強度、②引張弾性率および③低温結晶化開始温度の数値範囲の一部についてだけしか実施例による裏付けがない。

 

【結論】
(1)原告は、①ないし③の発明特定事項のパラメータが本件発明の範囲にあるのみでは、当業者において本件発明の課題を解決できると認識することができないと主張するのみで、特許請求の範囲(請求項1)に記載された特定の発明特定事項との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではないから、この点において、原告の上記主張は主張自体理由がない。
(2)当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の「引裂強度」、「引張弾性率」及び「低温結晶化開始温度」を特定の数値範囲に制御することにより、本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。

 

【コメント】
 原告(審判請求人)は、本件発明が、いわゆる「パラメータ発明」であり、平成17年(行ケ)第10042号大合議判決(偏光フィルム事件)に基づき、数値限定に相応の「具体例」が必要あるとして、記載要件不備の厳格な判断を求めて審判請求を行いました。
 裁判所も審判部と同様に、実施例・比較例に限らず、発明の詳細な説明の記載を根拠としてサポート要件違反ではないことを判示しています。
 また、裁判所は、いわゆる「パラメータ発明」であっても「実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではない」として、原告(審判請求人)の一般的な指摘については検討の対象とならないことを明示しています。

 審査部において、「種々様々な原料から、本願請求項1に記載された望ましい物性を有するラップフィルムを製造することは、好適な製造条件の探索が必要であるが、そのような探索は、当業者に期待し得る程度を超えた、過度な試行錯誤を要すると認められる。同様に、ラップフィルムの厚みが変わると、望ましい物性を有するラップフィルムを製造するための条件は大きく変化し、厚みに応じた好適な製造条件の探索が必要であるが、そのような探索は、当業者に期待し得る程度を超えた、過度な試行錯誤を要すると認められる。」という一般的な根拠に基づく(「実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではない」)拒絶理由通知を受け、「拒絶の理由を発見しない」と記載された請求項2の発明特定事項である④~⑦が請求項1に追加されています。
 裁判所も審判部と同様に、①~③の発明特定事項に基づきサポート要件違反がないことを結論していることを考慮すると、④~⑦の発明特定事項の前提があったための結論であるのか、あるいは、①~③の発明特定事項だけで同じ結論が得られたのかの手がかりはなく、安易にクレームを減縮したのが最良の選択であったのかが考えさせられる事件です。

 

(執筆担当:創英国際特許法律事務所 弁理士 田村 明照)

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