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米最高裁が、故意の特許侵害に対する3倍賠償金の判断基準を緩める -Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.裁判-

9月1日(日)配信

 ⽶国では、故意の特許侵害(willful infringement)を⾏ったと判断された者に対して、罰則として裁判所は本来の損害額の最⼤3倍まで賠償⾦(3倍賠償⾦)を増額することができる。故意の特許侵害が3倍賠償⾦に値するかどうかを判断するテストとして、⽶国連邦巡回裁判所(CAFC)はいわゆるSeagate テストを提唱した。3倍賠償⾦を獲得したい特許権所有者にとって、これまでSeagate テストはかなり厳しいテストであった。

 

 しかし、今年6⽉「Halo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.裁判」において、⽶国最⾼裁判所はCAFCのSeagate テストを否定し、特許侵害賠償額を増額するかどうかの判断は地⽅裁判所の本来の意味での“裁量”に委ねるべき、という判決を下した。この⽶最⾼裁判決により、3倍賠償⾦を獲得することが以前より容易になることが予想され、⽶国での特許侵害裁判に関わる可能性がある⽇本企業にとっても重要な判決といえる。 今回のHalo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.⽶最⾼裁判決について、 ⽶国弁護⼠、前川有希⼦⽒が解説する。

 

1. Seagate テスト

 ⽶国特許法284条は、特許侵害の賠償額を損害評価額の3倍まで増額してよい、と定めている。この3倍賠償⾦が適⽤されるケースは、故意の特許侵害が⾏われた場合である。2007年の「Seagate Technology, LLC裁判」において、CAFCは3倍賠償⾦に値する特許侵害の故意性を判断するテストとして、2段階のテスト、いわゆるSeagateテストを提唱した。

 

  Seagateテストの第1段階では、特許権所有者は、侵害者の⾏為が有効である特許を侵害する可能性が客観的にみて⾼かったということを、明⽩かつ確信を抱くに⾜る証拠(clear and convinsing evidence)で⽰さなければならない。 第2段階では、特許権所有者は、侵害者が特許侵害を起こしてしまうという危険性を知っていたか、または、知っているべきであったことが明⽩であったことを、明⽩かつ確信を抱くに⾜る証拠で⽰さなければならない。 実際、Seagateテストの第1段階のテストをパスすることは難しく、 特許権所有者にとって故意の特許侵害を根拠に3倍賠償⾦を得ることは難しいとされていた。

 

2. Halo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.裁判の背景

 Halo Electronics社とPulse Electronicsは、双⽅とも電⼦部品を供給する企業である。Halo社は、回路基板表⾯への実装⽤にデザインされた、変圧器を含む電⼦装置パッケージに関する特許権を所有していた。Halo社は、 ⾃社特許のライセンスをオファーする⼿紙を2度Pulse社に送っていた。Pulse社は Halo社特許の有効性に関する鑑定を弁護⼠に依頼せず、Pulse社の技術者がHalo社特許の簡単なレビューを⾏った。その結果、Pulse社の技術者は、Pulse社の以前の製品からみてHalo社特許は無効であると判断し、Halo社特許を侵害する製品を販売し続けた。そこでHalo社はPulse社を故意の特許侵害で訴えた。

 

 地⽅裁判所において陪審員は、Pulse社がHalo社特許を侵害していると判断し、さらにその侵害⾏為が故意のものであった可能性が⾼いと判断した。しかし、Pulse社はSeagateテストの第1段階をパスさせないために、客観的にみてHalo社特許は公知例から明⽩(⾃明)であるので有効でないと反論した。地⽅裁判所は、Pulse社がHalo社特許の明⽩性に妥当に頼ったのであり、またPulse社が⽰した反論は根拠がないとはいえない、と判断した。Pulse社の反論に対し、 Pulse社の侵害⾏為は客観的にみて未必の故意であったことをHalo社は⽰せなかったとして、地⽅裁判所はHalo社の賠償⾦増額の訴えを退けた。その後、CAFCは地⽅裁判所の判決を維持した。そこで、Halo社はこれらの判決を不服とし、⽶最⾼裁に上訴した。

 

3. 米最高裁判決

 ⽶最⾼裁は、次の2つの点からSeagateテストが⽶国特許法284条と⽭盾しており、またSeagate テストは地⽅裁判所の裁量を過度に制限している、という判決を下した。 ⽶最⾼裁判決の第1の根拠は、⽶国特許法284条が単に“裁判所が損害評価額の3倍まで賠償⾦を増加してよい”、と記載している点である。⽶最⾼裁は、⽶国特許法284条の記述は何ら制限または条件を明⽰しておらず、“増加してもよい”という⾔葉は明らかに“裁量”を⽰している、と述べている。 この解釈は⽶国特許法284条に関する⽶最⾼裁の従来からの解釈と同じであることを、⽶最⾼裁は強調している。ただし、“裁量”とは気まぐれなものではなく、裁量による判決はしっかりとした根拠のある法的原則により導かれるべきであると、⽶最⾼裁は述べている。

 

 ⽶最⾼裁は“裁量”の明確な基準を⽰していないが、賠償⾦増額は罰であることから、⾮常に悪質な侵害に対して賠償⾦増額が適⽤されるべきである、と⽰唆している。 第2の根拠は、 特許侵害を起こすかもしれないことを考えない無謀さ(Recklessness)を証明するために“明⽩かつ確信を抱くに⾜る証拠”という、⾼い基準を⽶国特許法284条は要求していないという点である。⽶最⾼裁は、特許侵害裁判では常に証拠による判断基準として、“明⽩かつ確信を抱くに⾜る証拠” より低い“証拠の優越さ”(preponderanceof evidence)という基準を⽤いてきたとし、賠償⾦の増額を判断する場合もその証拠基準の例外とはならない、と述べている。

 

 ⽶最⾼裁はSeagate テストの問題点として、特許侵害者の⾏為が客観的にみて“無謀”であったことがまず第1に要求される点であると指摘している。特許侵害者の⾏為が客観的にみて無謀であったかどうかに関係なく、特許侵害者の主観的な悪意、すなわち特許侵害者の意思が故意であったことが損害額を増額する根拠としてもよい、と⽶最⾼裁は述べている。 また、賠償⾦を増額する根拠となる特許侵害の故意性は、特許侵害を起こした時点の特許侵害者の意思がどうであったかによって判断するべきだと、⽶最⾼裁は指摘している。侵害時には気づいていなくても裁判中に特許侵害者が 反論するために考え出された理由により、客観的にみて特許侵害者の⾏為は無謀でなかったことを⽰すことができる場合もある。そのような場合、賠償⾦を増額するに値する悪質な故意の特許侵害を起こした者が賠償⾦の増額から逃れることができる、と⽶最⾼裁は述べている。

 

4. 今後の対策

 Halo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.⽶最⾼裁判決により、 特許侵害者の客観的無謀さを証明する必要がないので、故意の特許侵害を訴えた場合に3倍賠償⾦は得やすくなるといえる。⽶最⾼裁の補⾜意⾒が指摘しているように、⽶国特許法298条は、“特許侵害者が弁護⼠のアドバイスを得なかったことを、特許侵害者が故意に侵害したことを証明することに⽤いてはならない”と定めている。3倍賠償⾦に値する特許侵害の故意性は、その悪質度によって判断される。

 

 特許侵害の悪質度を判断する裁量的判断の基準は明確ではない。各ケースの状況の全体から判断されることになるので、 判決の予測がつきにくい場合も出てくる。したがって、3倍賠償⾦が課せられることを防ぐために、やはり⽶国弁護⼠の鑑定を得ておくことが安全と思われる。 公知例の調査をする必要性に関しては賛否両論がある。公知例を避けた特許を作成するために、公知例の調査を⾏う企業もある。⼀⽅、⽶国の⼤⼿IT企業の多くは、特許出願に際して公知例の調査を避けている。 これは3倍賠償⾦を避けるためである。公知例調査により、ある特許を⾒つけたとして、特許侵害または特許の無効性に関して考察しなかったとする。もし、その特許を侵害したと訴えられた場合、その特許を認識していたにもかかわらず特許侵害の有無に関して分析していなかったとして、3倍賠償⾦に値する故意性を問われる可能性があり、またその故意性を否定することが難しくなる場合があるからである。

 

 鑑定に関しては、⽶国特許法 298 条およびコストの⾯からいって、3 倍賠償⾦を防ぐために⽶国で販売/製造する全ての製品に対して、⽶国弁護⼠の鑑定を得る必要はないであろう。しかし、特許侵害の可能性が考えられる特許を何らかの理由で認識してしまった場合は、3 倍賠償⾦という⼤きな負担を負う可能性を避けるために、やはり特許クレーム請求範囲の解釈、特許侵害の有無または特許の有効/無効性に関して⽶国弁護⼠の鑑定を得ておくことが得策と思われる。ある特許に対して侵害を起こしていない、またはその特許は有効でないという適切な⽶国弁護⼠の鑑定を得られれば、それに頼った場合、結果として後に特許侵害を起こしていると裁判所が判断したとしても、主観的にみて故意性はなかったことを⽰すために有効であろう。

 

(2016/8/18⽇経知財Awarenessに掲載された論考を、前川氏のご厚意によりIP Forceに寄稿して頂きました。本稿の著作権は前川氏に帰属しています。掲載時の原稿のまま掲載しています。その後の判決等により解釈等に変更がある場合があります。)

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