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「ClearCorrect Opering, LLC v. International Trade Commission 裁判」CAFC 判決

10月4日(金)配信

 ⽶国特許侵害を訴える場所として、(1)⽶国裁判所と(2)⾏政機関である⽶国際 貿易委員会(International Trade Commission:ITC) がある。ITCに⽶国特許侵害を訴 える場合、損害賠償⾦を請求することはできないが、⽶国特許を侵害する物品の⽶国へ の輸⼊阻⽌を請求することができる。輸⼊される物品が⽶国特許を侵害するとITCが判 断した場合、ITCはその物品の輸⼊を禁⽌する命令を出すことができる。 「ClearCorrect Opering, LLC v. International Trade Commission裁判」では、3D プ リンタにより⽶国内で製品を製造する際に⽤いられるデジタルデータが、⽶国外からイ ンターネットを介して転送される場合、そのデジタルデータが⽶国特許侵害の要素であ れば、ITCがデジタルデータの⽶国への転送を禁⽌する権限を持つか否かという点が争 点となっていた。そして2015年11⽉、⽶国連邦巡回裁判所(CAFC)は、ITCにその 権限はないという判決を下した。この判決について、 ⽶国弁護⼠、前川有希⼦⽒は「こ の判決は、3D プリンタに限らず、⽶国外からインターネットを介してデジタルデータ を転送し、そのデータを使⽤して⽶国内で製品を製造するビジネスを⾏っている企業に とって、⼤きなインパクトがあり、動向を注視しておく必要がある」と指摘する。今回 のCAFC 判決について、前川⽒が解説する。

 

1.米国法令集1337条

 ⽶国法令集1337条(a)(1)(B) (i) は、⽶国特許を“侵害するArticle”(“articles that infringe”)の⽶国への輸⼊、輸⼊のための販売、輸⼊後の⽶国内での販売は違法であ る、と定めている。さらに、⽶国法令集1337条(d)は、⽶国法令集1337条(a)における 違法⾏為がITCによって⾒つけられた場合 、ITCはその物品の輸⼊を阻⽌しなければ ならない、と定めている。⽶国法令集1337条のもとに、ITCは輸⼊される物品が⽶国 特許を侵害すると判断した場合、輸⼊差し⽌め命令を出すことができる。

 

2.本裁判の背景

2.1 背景

 ⽶国Align Technology 社は、従来の⾦属性⻭列矯正器と異なる透明な樹脂性⻭科矯正 器具を開発し、その製造⽅法に関する⽶国特許を取得していた。同社の⻭科矯正器具製 造⽅法は、(1)患者の最初の⻭列を表すデジタルデータを取得し、(2)そのデジタ ルデータをもとに位置を変えた⻭列を取得し、(3)連続的に変化させた⻭列のセット を表わすデジタルデータを取得し、(4)それらの⻭列セットを表すデジタルデータを もとに⻭科矯正器具(アライナー)のセットを作成する、というものである。 後発の⽶国ClearCorrect Opering社は、Align Technology 社の⽅法特許と同じ⽅法を⽤いて樹脂性アライナーを⽶国で製造、販売していた。具体的には、⽶国ClearCorrect Opering社が、患者の⻭の有形モデルをスキャンして患者の最初の⻭列のデジタルデー タを作成し、そのデジタルデータをClearCorrect Operingパキスタン社にインターネッ トを介して転送した。ClearCorrect Operingパキスタン社は、⽶国から転送されてきた デジタルデータをもとに、最終的な⻭列にいたるまでの中間過程で使⽤する各アライナ ー のための⻭列のデジタルデータモデルを作成した。ClearCorrect Operingパキスタン 社は、インターネットを介してアライナーのためのデジタルデータを⽶国ClearCorrect Opering社に転送した。⽶国ClearCorrect Opering社は、ClearCorrect Operingパキス タン社から転送されてきたデジタルデータから3Dプリンタを⽤いてアライナーの有形 モデルを作成し、その有形モデルを⽤いて熱樹脂モールディングによりアライナーを製 造していた。

 

2.2 ITCの判断

 ITCは、⽶国ClearCorrect Operating 社がAlign Technology 社の特許に対して直接侵 害を⾏っていると判断した。しかし、この直接侵害は⽶国内で起こっているので、⽶国 法令集1337条に違反していないとし、ITCの権限の範囲外とした。⼀⽅ClearCorrect Operingパキスタン社がデータモデルを輸⼊したことは寄与侵害にあたるとし、ITCは パキスタンからのデジタルデータ転送に対して輸⼊禁⽌命令を出した。⽶ClearCorrect Opering社とClearCorrect Operingパキスタン社は、このITCの判断を不服としCAFC に上告した。

 

3.CAFC 裁判

3.1 CAFC裁判の争点

 本裁判における争点は、⽶国法令集1337条の⽂⾔の解釈となった。つまり、⽶国法 令集1337条のもとでITCが輸⼊禁⽌命令を出すことができる対象、“articles”の輸⼊ が、“デジタルデータ”の⽶国への転送を含むか否か、という点が争点となった。

 

3.2 CAFC 判決

 CAFCは、⽶国法令集1337条の⽂⾔を厳格に解釈し、ITCは“デジタルデータの⽶国 への転送”を禁⽌する権限を持たない、とした。まず、複数の辞書が⽤語 “article” を “material thing (物質的/有形な物)”として定義していることを根拠の⼀つとした。さ らに、電気的なデータの転送(インターネットを介したデータの転送)は、“port of entry (⼊国港)”を介して物を⽶国に⼊れることにはならない、と解釈した。これらの 根拠から、ClearCorrect Operingパキスタン社がデジタルデータを電気的に⽶国内へ転 送したことは、⽶国への“article”の輸⼊に当たらないので、ITCはパキスタン社の⽶国 へのデジタルデータの転送を禁⽌する権限はない、とした。

 

3.3 CAFC 判決の問題点

 本判決は、主判事以外の判事が指摘しているように、いくつかの問題点があり、まだ 議論が続く可能性がある。たとえば、 1988年に⽶国議会は、⽶国法令集1337条の⼤き な補正を⾏っている。しかし、CAFCがその判決のなかで指摘しているように、この補 正はインターネットが発明される1年前であるので、“⽶国外から⽶国内へのデジタル データの転送”を輸⼊として考慮することは不可能であった。そのような背景のもと で、将来にわたっても⽶国議会が⽶国法令集1337条の対象を有形な物だけに限定する 意図があった、とはいえないのではないだろうか。 また、本判決における少数反対意⾒は、現在は存在する技術が⽶国法令集1337条を 制定した際に存在しなかったからといって、⽶国法令集1337条の対象外とすることは ⽶国法令集1337条に規定されていないし、判例もそのような除外を⾏っていないと、 指摘している。その他にも、少数反対意⾒は、⽶国関税法も、⽶国法令集1337条の対 象をその制定時に存在した技術のみに限定するように規定していないと、指摘してい る。さらに、⽶国関税国境警備局がインターネットによる転送を⽶国への“輸⼊”とみな している点とTPA-2015が商品およびサービスのデジタル取引をカバーしている点か ら、CAFC判決における少数反対意⾒は、デジタルデータの⽶国内への転送を⽶国法令 集1337条の対象とすべきだと、指摘している。 これらの点から、⽶国特許侵害の要素となるデジタルデータの⽶国内への転送を、 ITCが阻⽌できないか否かは、まだ⼤いに議論の余地があろう。

 

4.今後の動向

 3Dプリンタを⽤いる製造に限らず、コスト削減のためにデジタルデータの作成を⽶ 国外で⾏い、 そのデジタルデータをインターネット経由で⽶国に転送し、転送されたデ ジタルデータを⽤いて最終製品を⽶国で製造することは、現在においては特殊なビジネ ス形態とは⾔えない。むしろ、今後、データ⽣成・処理の⼀部を⽶国外で⾏うことが安 価に実⾏できるのであれば、このようなビジネス形態はますます増加すると予想され る。もちろん、 ⽶国内での最終製品、または⽶国内での⽅法実施が⽶国特許を侵害し ている場合には、⽶国裁判所が損害、または差し⽌めを決めることができる。⼀⽅で、 ⽶国は ⽶国特許侵害の防波堤として、ITCも設けている。しかし、今回、問題になっ たように、⽶国法令集1337条の⽂⾔、つまりITCの役割が、インターネットを含む現 在の技術に明確に対応しているとは⾔い難い。CAFCが指摘しているように、インタ ーネット社会に適応するような法律を制定・補正するのは、基本的には⽶国議会の役割 であろう。また、今回のCAFC判決は⼤法廷判決ではないため、CAFC⼤法廷または ⽶国最⾼裁において、再度審議される可能性があるといえる。今後も、ITCの役割に 関して、⽶国裁判所と⽶国議会がどのように対処していくのか、動向を注視していく必 要があろう。

 

(2015/12/24 ⽇経知財Awarenessに掲載された論考を、前川氏のご厚意によりIP Forceに寄稿して頂きました。本稿の著作権は前川氏に帰属しています。掲載時の原稿のまま掲載しています。その後の判決等により解釈等に変更がある場合があります。)

 

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