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11月24日
10月24日(木)配信
(本稿は2015年9月に書かれたものです)
⽶国特許侵害を訴える場所として、⽶国裁判所と⾏政機関である⽶国際貿易委員会 (International Trade Commission:ITC)の2通りある。ITCに⽶国特許侵害を訴える 場合、損害賠償⾦を請求することはできないが、⽶国特許を侵害する物品の⽶国への輸 ⼊阻⽌を請求することができる。輸⼊される物品が⽶国特許を侵害しているとITCが判 断した場合、ITCはその物品の輸⼊を禁⽌する命令を出すことができる。これに関連 し、Suprema, Inc. v. International Trade Commission裁判では、物品が⽶国に輸⼊され る時点で特許侵害がまだ発⽣していない場合にも、誘引侵害を根拠としてITCがその物 品の輸⼊を禁⽌する権限があるかということが争点となっていた。
そして、2015年8 ⽉、⽶国連邦巡回裁判所(CAFC)は⼤法廷裁判(en banc)において、⾃⾝の2013年判決 1)を覆し、ITCが誘引侵害をベースに⽶国への輸⼊を阻⽌する権限を持つという判決を 下した。この判決に対して、⽶国での特許侵害訴訟に詳しい ⽶国弁護⼠、前川有希⼦⽒ は「この判決は、⽶国へ未完成品を輸出する企業、また、⽶国に輸⼊された未完成品に ⽶国で追加の部品/ソフトウエアを付加するように指⽰する形態のビジネスを⾏ってい る企業にとって、⼤きなインパクトがある」と語る。前川⽒が、このCAFC en banc判 決の内容と背景、今後の動向について解説する。
1.本裁判の背景
1.1 背景
韓国Suprema社は、指紋スキャナーのハードウエア部分を⽶国外で製造し、⽶国 Mentalix社に販売していた。Suprema社製指紋スキャナーのハードウエア部分は、それ 単体では指紋スキャナーとして機能せず、ソフトウエアが必要であった。しかし、 Suprema社はそのソフトウエアを製作、販売してはいなかった。その代わり、指紋スキ ャナーのハードウエア部分が⽶国内へ輸⼊される際に、Suprema社は、Suprema社製指 紋スキャナー⽤のカスタムプログラムを開発するためのソフトウエア開発キット (SDK)を付けていた。また、そのSDKには、カスタムプログラムの作成に関するマニ ュアルが付属していた。⽶国のMentalix社は、Suprema社製指紋スキャナーを機能さ せるためのソフトウエアFedSubmitを作成し、Suprema社製指紋スキャナーFedSubmit ⼀体を⽶国内で販売していた。 ⼀⽅で⽶国Cross Match社は、バイオメトリックスキャナーデバイスに関する⽶国特 許(U.S. No. Patent7,203,344)の特許権を所有していた。 Mentalix社が販売した、ソフ トウエアFedSubmit付きのSuprema社製指紋スキャナーがCross Match社特許の⽅法 クレームを侵害しているとして、Cross Match社はITCにSuprema社製指紋スキャナ ーの輸⼊差し⽌めを求めた。
1.2 ITCの判断
ITCは、Mentalix社が販売したソフトウエアFedSubmit付きのSuprema社製指紋ス キャナーがCross Match社の特許の要素を全て含んでいるので、直接侵害が成⽴すると 判断した。ITCはさらに、Suprema社は間接侵害の⼀つである誘引侵害の責を負うと判 断した。 特に、 誘引侵害の責に関してITCは、2つの要素、(1)侵害の可能性に対する故 意の盲⽬性(willful blindness)、(2) 積極的に直接侵害を奨励すること(active encouragement)について検証した。(1)の要素については、(a) ⽶国で販売された 指紋スキャナーがCross Match社の特許を侵害する可能性が⾼いと信じていたこと、 (b) 当然Cross Match社の特許が⾒つかり、侵害の可能性を分析したであろう弁護⼠ の意⾒書を得なかったことから、ITCはSuprema社が侵害の可能性に対して故意に⽬ をつぶっていたと判断した。(2)の要素については、(c) Suprema社がMentalix社 に協⼒して、Suprema社製指紋スキャナーを⽶国に輸⼊したこと、(d) Mentalix社の ソフトウエアFedSubmitがSuprema社製指紋スキャナーとSDKに適合するように助け ていたことから、ITCはSuprema社が Mentalix社が直接侵害を起こすことを積極的に 奨励していたと判断した。 ⽶国に輸⼊されたSuprema社製指紋スキャナー単体は、Cross Match社特許を侵害し てはいなかった。しかし、 Suprema社が誘引侵害の全ての要素を満たしているとし、 ITCはSuprema社製指紋スキャナーを⽶国に輸⼊することを禁ずる命令を下した。
2.米国法令集1337条
⽶国法令集1337条(a)(1)(B) (i) は、有効で効⼒のある⽶国特許を“侵害する物品” (“articles that infringe”)の⽶国への輸⼊、輸⼊のための販売、輸⼊後の⽶国内での販 売は違法であると定めている。さらに、⽶国法令集1337条(d)は、⽶国法令集1337条 (a)における違法⾏為がITCによって⾒つけられた場合 、ITCはその物品の輸⼊を阻⽌ しなければならないと定めている。これらの法律のもとに、ITCは輸⼊される物品が⽶ 国特許を侵害すると判断した場合、輸⼊差し⽌め命令を出している。
3.CAFC en banc 裁判
3.1 CAFC en banc裁判の争点
CAFCは、 Suprema社製指紋スキャナーとMentalix社のソフトウエアFedSubmit の 組み合わせが、Cross Match社特許の⽅法クレームに対して直接侵害を起こしているこ と、またSuprema社がCross Match社特許に対して誘引侵害の責を負うことは認めて いる。しかし、本件の場合、Suprema社製指紋スキャナーが⽶国に輸⼊された時点で は、まだ直接侵害は起こらない。しかし、ITCは、輸⼊後に起きる特許侵害を根拠と し、Suprema社製指紋スキャナーの輸⼊差し⽌め命令を出した。 そこで、CAFC en banc裁判では、物品の輸⼊後でなければ直接侵害が起きない場 合であってもITCがその物品の輸⼊を禁⽌する権限があるかということが争点となった。
3.2 CAFC en banc判決-多数派意見
⾏政機関の権限に関する法律解釈を審理する⽅法を⽰した⽶国最⾼裁裁判所の判決と して、Chevron判決2)がある。Chevron判決によれば、まず、法律の解釈に関わる課題 について⽶国議会が直接述べているかという点を検討しなければならない。その結果、 問題となっている法律に関する的確な問いに対して、⽶国議会が 直接述べているならば それが答えであり、⽶国議会の明確な意図であるとする。つまり、ある法律に関する⽶ 国議会の意図が明確に⽰されているならば、それがその法律の適切な解釈となる。⼀ ⽅、 問題となっている法律に関する的確な問いに対して⽶国議会が直接述べていないな らば、次に⾏政機関の出した答えが許される法律解釈をベースとしているかどうかを検 討しなければならない。
CAFCはChevron判決で提⽰された⽅法をもとに、⾏政機関であるITCの権限範囲 を分析した。 CAFC en banc裁判では、特に1337条の⽂⾔“侵害する物品(articles that infringe)” の解釈に焦点を当てられた。
A) 米国議会が法律の解釈に関わる課題について直接述べているか?
CAFCは、⽶国議会が⽴法した法律の⽂⾔から1337条の意味が明確かどうかを分析 した。まずCAFCは、⽶国特許法271条では“侵害する(infringe)”こととして、直接侵 害と間接侵害の両⽅が定義されている点を指摘した。⼀⽅、1337条は“侵害する (infringe)”と記しているが、その“侵害する(infringe)”ことから間接侵害が除外されて はいないと解釈した。
しかし、CAFCは次に⽰す理由から、1337条における“侵害”に関する定義と271条 における“侵害”に関する定義が異なるとした。1337条の⽂⾔は、“物品(articles) ”の侵 害を対象としている。⼀⽅、⽶国特許法271条は、特許権者の許可なしに特許発明を製 造/使⽤/販売のオファー/販売した者は、特許を侵害することになると記している。 そこでCAFCは、⽶国特許法271条が “⼈の⾏動”を侵害の定義としていると解釈し た。また、⽶国特許法271条で定義されている誘引侵害も、⼈の⾏動により定義されて いるとした。したがって、“物品(articles) ”の侵害を対象としている1337条が、“物品 (articles) ”の侵害を対象としていない⽶国特許法271条で定義されている誘引侵害を 除外しているか否かは明確ではないとCAFCと解釈した。
以上のことからCAFCは、両法を⽴法させた⽶国議会が、1337条が誘引侵害を除外 しているか否かについて直接述べているとは⾔えないので、Chevronの第1ステップ をパスしないと判断した。
B)ITCの出した答え (輸入禁止命令)が許される法律解釈をベースとしているか?
誘引侵害の責は、侵害を誘導する⾏動(誘引)を⾏った時点で発⽣するが、誘引侵害 の必要条件である直複接侵害が物品の輸⼊時点に発⽣しない場合もあるとITCは解釈 している。つまり、1337条に対するITCの解釈は、直接侵害が輸⼊後に起きたとしても、その直接侵害を誘導する⾏動(誘引)が輸⼊以前に⽣じていれば、ITCは輸⼊後 に発⽣することが予想される物品の輸⼊を禁⽌することができるということである。 CAFCは、1337条に対するITCの解釈が、1337条の記載⽂⾯およびその⽴法の経過 と⽭盾がないと判断した。
その根拠の⼀つとしてCAFCは、1337条が違法とする対象として、⽶国特許を侵害 する物品の輸⼊と、輸⼊後に⽶国特許を侵害する物品の⽶国内での販売を別個に記して いると述べている。“輸⼊後に⽶国特許を侵害する物品の⽶国内での販売”という⽂⾔を 根拠に、侵害の完結を⾒きわめるために、輸⼊後の⾏動、すなわち輸⼊後に発⽣する直 接侵害にITCが着⽬してもよいとCAFCは述べている。 以上の分析A) 、B)からCAFCは、1337条の⽂⾔“侵害する物品(articles that infringe)”が、誘引⾏動の結果、輸⼊後に直接侵害を起こすために⽤いられる物品を含 むというITCの解釈は妥当であるとした。つまり、 Suprema社製品に対するITCの 輸⼊差し⽌め命令は妥当ということになる。
4.CAFC en banc判決の少数派意見
CAFC en banc判決の少数派意⾒は、多数派意⾒の解釈がITCの権限を広げすぎて いるとして反対している。
本件の場合、直接侵害は⽅法クレームに対する侵害であって、装置クレームに対する 侵害ではない。CAFC少数派意⾒は、CAFC少数派意⾒は、将来起きるかもしれない 侵害の責を根拠として、⽅法クレームに対する直接侵害を発⽣させる⼀要素にすぎない 物品の輸⼊を差し⽌めることに、疑問を呈している。
基本的に、⽶国特許の⽅法クレームの侵害は、⽶国内で⽅法クレームの全ステップが 実施されなければ発⽣しない。しかし、⽅法クレームのステップに記載されている装置 が⽶国に輸⼊された時点で、⽅法クレームが実施されることはない。誘引侵害の責を負 う必要条件は直接侵害が発⽣していることであるが、本件の場合、輸⼊時点では⽅法ク レームに対する直接侵害がまだ発⽣していないので、輸⼊時点で誘引侵害の責も発⽣し ていないことになる。つまり、CAFC多数派意⾒は、まだ何の侵害責任も発⽣してい ない状態で、ITCに物品の輸⼊を禁⽌する権限を与えることになる。
また、 CAFC少数派意⾒は、1337条制定以前に誘引侵害が起きている場合にITC が物品の輸⼊差し⽌めを⾏っているケース3)4)があるが、これらのケースでは⽶国へ の輸⼊時点で直接侵害が発⽣しており、 侵害が将来予想されるということだけで 物品 の輸⼊差し⽌めを⾏っていない点を指摘している。
さらにCAFC少数派意⾒は、本件の場合のように、輸⼊後に直接侵害が発⽣し、ま た誘引侵害の責が発⽣する場合、その特許侵害を 裁判所に訴えることができる点を指 摘している。CAFC少数派意⾒は、裁判所も差し⽌め命令を出すことができるので、 差し⽌めをITCに頼る必要はないと述べている。
5.今後の動向
ハードウエア、たとえば、コンピュータやスマートフォンなどが⽶国に輸⼊されてか ら、⽶国においてハードウエアにアプリケーションをインストールさせることは、よく ⾏われることである。輸⼊されたハードウエア単体では⽶国特許を侵害しないが、⽶国 でインストールされたアプリケーションを実⾏させた時点で⽅法特許の直接侵害が起き る場合にITCによるハードウエアの輸⼊差し⽌めが許されるとなると、その影響は多 ⼤である。
また、本裁判と同様に注⽬されている裁判として、ClearCorrect Operating LLC v. ITC 裁判がある。この裁判では、ITCによるデジタルデータの輸⼊差し⽌めの妥当性 について争われており、現在審理中である。このケースでは、⽶国で取得された⻭科デ ータがパキスタンに転送され、そのデータを⽤いてパキスタンで ⻭科矯正⽤モデルの デジタルデータが作成されてから⽶国に転送され、そのデジタルデータを⽤いて ClearCorrect Operating社が⽶国内で3D-プリンタにより⻭科矯正器具を作成してい る。ITCは、ClearCorrect Operating社製⻭科矯正器具がAlign Technology社の特許 を侵害しているとして、⻭科矯正⽤モデルデータの輸⼊差し⽌め命令を出した。
3Dプリンタは、産業界で⼤きなインパクトがある技術である。コスト削減のために デジタルデータの作成を⽶国外で⾏い、⽶国外から転送されたデジタルデータを⽤いて 3D-プリンタで最終製品を⽶国で製造することは、今後盛んに⾏われると考えられる。 ClearCorrect Operating LLC v. ITC 裁判で、CAFCがどのような判決を下すか、注⽬ するところである。
注)
1)Suprema, inc. v. International Trade Commission, 742 F.3d 1350 (Fed. Cir. 2013). 2)Chevron, U.S.A., Inc. v. National Resources Defense Council, Inc., 467 U.S. 837 (1984). 3)Frischer & Co. v. Bakelite Corp., 39 F.2d 247 (C.C.P.A. 1930). 4)Young Enginners, Inc. v. U.S. International Trade Commission, 721 F.2d 1305 (Fed. Cir. 1983).
(2015/09/30⽇経知財Awarenessに掲載された論考を、前川氏のご厚意によりIP Forceに寄稿して頂きました。本稿の著作権は前川氏に帰属しています。掲載時の原稿のまま掲載しています。その後の判決等により解釈等に変更がある場合があります。)
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