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特許 令和6年(ネ)第10019号
「転がり装置、及びその製造方法」
(知的財産高等裁判所 令和6年9月25日)

1月22日(水)配信

 

【事件概要】
 損害賠償等請求控訴事件において、原審が被控訴人製品は本件発明1の構成要件1-Aを充足しないと判示して控訴人の請求を棄却したのに対し、同製品は上記構成要件1-Aを充足すると認められるものの、他の構成要件を充足しないから、原審の判断は結論において相当であるとして、控訴人の控訴を棄却した事例
判決文を「IP Force 知財判決速報/裁判例集」で見る

 

【本件発明1】
 本件発明1を分説すると、以下のとおりとなる。
「1-A 少なくとも1対の転送溝により構成される転送路と、転送路の間に転動自在に介挿させた複数の転動体により構成され、
 1-B 前記転動体は球体、もしくは両端に3次元曲面の角部を有する円柱、または円錐、またはたる形、またはこれらの複合曲面で形成されている転がり装置であって、
 1-C 転送路の一部に転動体が一方の転送溝のみに当接する無負荷領域を生成し、
 1-D かかる一方の転送溝の転送方向と直角方向の断面を、球体である転動体、もしくは球体以外の転動体の3次元曲面の角部、と2点接触する形状とし、
 1-E その接触角を転送路の他の部分に対し大きくした接触角変化路を形成したこと
 1-F を特徴とする転がり装置」

 

【主な争点】
 被控訴人製品が本件発明1の技術的範囲に属するか(特に、構成要件1-Aの充足性)

 

【判示内容】
 上記争点について、原判決は、概略、①本件発明の技術的意義に照らすと、構成要件1-Aの構成は「個々の転動体に対して公転速度の加減を行うことができ、それに基づき転動体同士の間隔を調整できる構成のもの」と認められ、「転動体同士の間隔を一定に保持する保持器を有する軸受」はこれに該当しない、②被控訴人製品は保持器によって玉同士の間隔を常に一定に保持されているものであるから構成要件1-Aを充足しないとの判断を示したところ、本判決は、次のように判示して原判決の上記判断を容れなかった。(下線は筆者による強調)
 「被控訴人らは、特許法70条2項を根拠に、本件各発明の作用効果を参酌すれば、被控訴人製品のように『転動体同士の間隔を保持器によって保持するもの』は構成要件1-A・・・から除外して解釈(限定解釈)されるべきであるとの趣旨の主張をする。
 しかし、特許発明の技術的範囲は、飽くまでも『特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない』(特許法70条1項)のであり、明細書の記載内容は、特許請求の範囲に記載された用語の意義を明らかにする限度で考慮されるにすぎない(同条2項)。明細書の記載を考慮するという名の下に、特許請求の範囲に記載されていない事項を特許発明の技術的範囲に取り込むような同条2項の拡張解釈(技術的範囲の限定解釈)は、『特許請求の範囲』と『明細書(発明の詳細な説明)』の役割分担を無視するに等しく、許されない。
 被控訴人らの主張する上記限定解釈は、『特許請求の範囲に記載された用語の意義』の解釈という限度を超え、明細書(発明の詳細な説明)の記載を根拠に、転動体同士の間隔を制御する構成に関する事項を特許発明の技術的範囲に取り込もうとするものにほかならず、特許法70条の許容するところではない。」
 「『転動体同士の間隔を保持器によって保持するもの』は、本件各発明の技術的範囲から除外して解釈されるべきであるとする被控訴人らの前記主張は、・・・理解できないではないが、この点は、サポート要件(特許法36条6項1号)違反による特許無効の抗弁の問題として扱うべき事項であって、上述のような無理のあるクレーム解釈を行うべきものではない。
 以上により、被控訴人製品は、構成要件1-A・・・を充足するものであり、保持器を備えていることは、その充足を認める妨げになるものではない。」
 なお、本判決は、構成要件1-Cの充足性について別途検討し、被控訴人製品が本件発明1の構成要件1-Cを充足すると認めることはできない旨判示して、控訴人の控訴を棄却している。

 

【コメント】
 本件は、被控訴人製品が特許発明のある特定の構成要件を充足するか否かについて、原審と控訴審で判断が分かれた事例である。特許発明の技術的範囲について定める特許法70条の解釈について、特許請求の範囲と明細書の役割分担を明確にし、原判決が明細書の記載(特許発明の技術的意義や作用効果)を根拠にその技術的範囲を限定解釈したことを否定している点が注目される。
 原判決のみならず、特許発明の技術的意義等に着目して限定解釈していると思しき裁判例はいくつか存在するが(例えば、知財高裁平成18年9月25日判決)、本判決は、特許発明の技術的範囲の考え方を理解する上で参考になると思われる。

 

(執筆担当:創英国際特許法律事務所 弁理士 須藤 康洋)

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