〜
12月1日
7月25日(木)配信
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
国を挙げて知財教育を重視した取り組みが進み出す中、いち早く知財科目の導入と拡充を進めて注目を集めている大学がある。山口大学は、2005年の技術経営専門職大学院の開設を皮切りに、2013年には1学年全学部での知財科目必修化を実現。その後も学部から大学院に至るまで、知財教育の体系化を着実に進めてきた。すでに、卒業生の進路にも成果が表れ始めている。
大学における知財教育のパイオニアとして、山口大学はどのような目標を掲げ、どのような取り組みを行ってきたのか。また、知財のノウハウを身につけた学生にはどのような変化が起こったのか。
第1回に続き、同校における知財教育のキーパーソンとして、最前線で取り組みを進めてきた知的財産センターセンター長の木村友久教授に話を聞いた。
木村友久教授(以下、略) 2013年の必修化を機に、徐々に共通展開教育科目といって、全学部生が選択できる知財の教養科目を増やしていった。必修科目で学んだことを下地に、2、3、4年生のどの学年の学生も、興味があれば受講できるというものだ。どの科目も、学部専門教育と同レベルの内容になっている。
2014年には、すべて2単位で「ものづくりと知的財産」「知財情報の分析と活用」「コンテンツ産業と知的財産」の3科目の展開を始めた。「ものづくりと知的財産」では、コーヒーのドリップバッグの特許について調べた上で実際に製作してみたり、「写ルンです」を分解させて特許がどこにあるのかを判断させたりといったワークショップも行う。
「知財情報の分析と活用」は、基本的には特許情報の検索の仕方を学ぶのだが、それだけでなく、意匠や商標を調べたり、JASRACのデータベースを使ったり、農水省のデータベースでイチゴなどの植物新品種を調べたりといったことをさせる。あらゆる知財情報について、インターネット上から取ってこれるものについてはここで検索できるようにする。基本的な実務能力をつけさせるのが目的だ。
「コンテンツ産業と知的財産」は、音楽産業などを始め、業界によって著作権のハンドリングがそれぞれ異なることに対応するために設けた科目だ。実際の契約書を読み込ませて考えさせたり、契約書を少し書かせてみる、といったところまでやっている。ここでは、世界的なネット企業の規約についても取り上げたことがあるが、学生は思ってもみなかった内容が書かれていることに驚く。著作権について知っていると、現実でいかに怖いことが起こっているかがわかる。
2015年度からは、「特許法(実用新案法を含む)」「意匠法」「商標法」「不正競争防止法」「著作権法」(すべて1単位)を選択科目として受講できるようになった。これらも法学部の専門科目と同レベルの授業を行っている。選択制だが、全学部の学生に受けさせたいので、あえて共通科目に入れた。
それをさらに広げて、今では、「標準化とビジネス」「農業と知的財産」も入れている。私は他大学の法学部で教える機会もあるのだが、法学部のある他大学でも、ここまで幅広く科目をそろえているところはないように思う。これらの共通展開教育科目をすべて受けたなら、知財検定2級は合格するレベルになるだろう。
基本的に、共通展開教育科目は土曜日に開講している。月曜日から金曜日まで自分の学部の授業で埋まっているという学生が多いが、それでも受けたいという要望があるため、土曜日をメインに集中講義にした。
山大には社会人を対象にした知財教育の履修証明プログラムがあるが、このコースの授業は、共通展開教育科目と一緒に行っている。新たに科目を設けることなく、限られた人的リソースを効率的に活用している。
2015年度に開設した実験的な学部で、デザイン科学のほかに、知財科目も充実させている。もっとも、知財を中心に教えるのではなく、特定の深い専門分野を持たないのが特徴だ。卒業要件がTOEIC730点と、語学を重視しており、原則として1年間の海外留学もする。留学は自分の専門分野について現地語で学ぶ形で、学生は世界各地に散らばる。そして、帰国後3年生になってから技術経営の科目を履修する流れになる。
学生の中には、留学中に現地の知財事情について関心を持って調べてくる者もいる。たとえばタイにコピー品専門の百貨店があるということを報告した学生がいた。フランスに留学し、日本のアニメがどのように侵害されているかを調べてきた学生もいた。政府系のイベントですら、会場の片隅で海賊版のアニメが売られている状況をみて、需要があるのに日本の企業が進出していないのは怠慢じゃないかと指摘していた。
国際総合科学部では、こうした情報を集めながら、技術経営の分野において世界でどんな仕事をしていくかについて学び、考える。
国際総合科学部の授業では、工業所有権情報・研修館(INPIT)が中小企業の社長向けにつくった教材を使っている。たとえば、インドに進出したときに自社製品の模造品を見つけた場合、特許権を行使するのか、それとも別のやり方があるのかといった議論をさせる。
法学部の授業では特許権を行使することだけが前提となるのだが、恐らくそれが唯一解というわけではないと思うので、INPITの教材はとても使いやすい。
知財の法律について理解していて、契約書も書け、交渉もするというところまでできなければ、意味がないと思っている。卒業までに必要なことはすべて教えたい。
知財法の場合は、先に実態があり、法律が後追いするという状況がいくらでもある。製品やサービスとして世に出たときは著作権侵害とみなされていても、後から法律が変わって違法でなくなるというケースはけっこうある。それを考えると、法律が先にあるのではなく、実態をみてそれに合わせ、条文ではなく契約で整理していくものがいくらでもあるということ。それが知財の世界だ。
まさに交渉、契約事。著作物の判定を厳格に行おうとすると、著作物ではないものがたくさん出てくる。それをお互いの交渉で、これは著作物だという前提で契約を結べば、事業としては成り立つ。そうした契約は、著作物であるか否かの境界線がわからなければ結べない。少し危なっかしいところもあるが契約に落とし込もう、という形で交渉する。しかし、状況に合わせてそうした対応をとるために必要な教育を日本の大学ではしていない。そこが問題だと思っている。
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
[シリーズ大学の知財教育] 新時代の知財人材を育てる ~山口大の知財教育~
こんな記事も読まれています