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11月17日
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7月23日(火)配信
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
国を挙げて知財教育を重視した取り組みが進み出す中、いち早く知財科目の導入と拡充を進めて注目を集めている大学がある。山口大学は、2005年の技術経営専門職大学院の開設を皮切りに、2013年には1学年全学部での知財科目必修化を実現。その後も学部から大学院に至るまで、知財教育の体系化を着実に進めてきた。すでに、卒業生の進路にも成果が表れ始めている。
大学における知財教育のパイオニアとして、山口大学はどのような目標を掲げ、どのような取り組みを行ってきたのか。また、知財のノウハウを身につけた学生にはどのような変化が起こったのか。
同校における知財教育のキーパーソンとして、最前線で取り組みを進めてきた知的財産センターセンター長の木村友久教授に話を聞いた。
木村 友久(きむら ともひさ)教授の略歴 銀行職員、県職員、高校教諭、高専教授を経て2002年8月から山口大学教授。学内で、技術経営研究科、国際総合科学部を経て2019年4月から知的財産センター長に就任。工学教育賞(日本工学教育協会1998年)、特許庁長官賞(産業財産権制度関係功労者表彰2008年)を受賞。内閣府、知財創造教育コンソーシアム検討委員会の委員長等を務める。
木村友久教授(以下、略) 新たな価値や仕組みをつくることが求められるSociety5.0(※)の時代に、知財の知識とスキルからなる「知財対応力」を持ち、事業戦略を実現していけるような人材の育成を目指している。それは、知財の基本的な知識を持っていると同時に、状況に合わせて必要な行動を自ら起こし、ビジネスを回していけるような、実践的な人間だ。
たとえば、事業の中で新たな仕組みを生み出したとしても、権利を抑えられていては仕方がない。必要に応じて権利化の有無を迅速に調べたり、知財に関して何か問題が生じたときには自らが対応するか、専門家に話をつなぐかということが当たり前のようにできるようになってほしい。
「知財対応力」を持った実務家を育てたい。それは、知財の体系的な知識はひととおり持っていながら、状況に応じて知財に関して必要なアクションも取れる人間、という意味だ。知財の世界では、技術の進歩や状況の変化に法整備が間に合わないようなケースが少なくない。そのため、利害関係者と交渉をまとめたり契約を交わしたりすることでビジネスを回していくといった、状況に応じた実務能力も重要になってくる。必要ならば、法律をつくってもらうために動くこともあるかもしれず、そうした状況にも対応できる人材を育成したい。そのための授業を行っている。
Society5.0を本当に実行するときは、どの分野の人でも知財について最低限のノウハウを持ち、それを各々の事業戦略に組み込めるようになっている必要がある。文系も含めたすべての分野の学生に対して、大学に入りたての1年生のときに、知財にはいろいろな世界があり、それが事業活動とものごく密接に関係しているということを教える。
大学では、学生はそれぞれの専攻分野についても学ぶが、それを横串でつなげていくのが知財の授業、というイメージだ。
我々は、決して知財教育だけを重視しているわけではない。ここでは、知財は事業戦略や新たな仕組みをつくり上げていく際の、ひとつの要素技術に過ぎないととらえている。
どんなに素晴らしい仕組みをつくり、どんなに画期的な商品をつくったとしても、先行特許などを調べていなかったら机上の空論に終わってしまうかもしれない。我々は知財教育の必修化でそこを埋めようとしているだけだ、とも言える。
たとえば、総合系の学部などでは地域おこしなどの様々な試みを懸命にやっている。それはいいことなのだが、それを知財の視点でみたときに本当に実現できるかといったことが意外に検証されていない。そこをきちんと調査したり、J-PlatPatで商標などを調べたりといったことをサラリとできるようにしておきたい。それが主目的ではないのだが、何かをするときに専門家にその都度頼まなくとも、簡単に調べてある程度のリスクについて知った上で対応できるというふうにしておかないと、本当の意味での新たな仕組みは作れないと思う。
Society5.0の時代を担うには、すべての大学でそのための授業を必修化したほうがいい。それくらいの強い思いで取り組んでいる。
まず、1年生は全学部生が1単位8コマで必修の授業を受ける。教材は自前でつくった。
教材の中身は、半分ほどが著作権について。単純に権利者がいて云々という教え方はしておらず、著作物を使っていかに収益化するかとか、著作権法で網がかかる部分はほんの一部分なので、ビジネスとして回すときにどうするかについて考えさせるような内容になっている。あとは、産業財産権のほか、知財情報の検索・解析・活用などについても取り上げている。
テーマは身近で、学生の興味を引きやすいものを選んでいる。たとえば、著作権に関しては、ボーカロイドソフトの「初音ミク」に関連したテーマなどを取り上げた。
教科書には切り取れる仕様にしたワークシートがあり、授業で議論した内容について書き込めるようにしてあるのだが、このワークシートのテーマとして、初音ミクを用いてYouTubeで配信されているひとつの動画について、関わっている人をすべてリストアップさせ、権利関係について考えさせるというものがある。
この場合、最初のサンプリング音源を提供した声優もいれば、音を出すソフトを作った会社もあり、作詞・作曲した人、曲データを入力した人など、その他多くの関係者が携わっている。これらすべての関係者間でビジネスを回すことを考えるときに、たとえばサンプリング音源には著作物としての著作権が認められないので、著作権法だけではうまく回せない。しかし、ビジネスを回すときに、関係者の中で誰かが泣くような仕組みがあってはいけない。こうした取り組みでは、関係者をリストアップし、その全員に利益が回るような形をまず頭の中に思い描く必要がある。
実は、著作権法を教えるように見せながら、事業戦略の一番重要な要素について高校を出たての子どもに考えさせるということだ。これは、自分で考えて仕組みをつくっていかないと、事業は成立しないということを教える授業でもある。もちろん、知財入門をうたっている以上は、知財の基本的な知識も知っておいてほしいのだが、我々が考えているのはそれだけではない。事業戦略にもっていき、本当に動く仕組みをつくりなさい、それが、Society5.0で必要になるので、その仕組みをつくりなさい、というのがこの科目の裏のミッションだ。
それを、技術系の工学部の学生だけではなく、医学部から人文学部まですべての学生に教えているところにこそ価値があると考えている。各々の専攻分野を持つ学生が、知財の必修科目で身につけたレベルの知識とスキルで社会に出たとき、何か問題があった場合に自分で動くか、または知財の専門職に話を持っていくか、そのどちらかの行動を取るはずだ。それが、この科目の目的のひとつ。
※Society5.0――狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に次ぐ新たな社会として国が定義した概念。あらゆるものがインターネットにつながる「IoT」や「AI(人口知能)」を駆使した「超スマート社会」とされ、内閣府の第5期科学技術基本計画では、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と定義されている。
「第2回 唯一解のない世界、状況に応じて交渉できる人材を」に続く
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
[シリーズ大学の知財教育] 新時代の知財人材を育てる ~山口大の知財教育~
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