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11月17日
8月6日(火)配信
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
国を挙げて知財教育を重視した取り組みが進み出す中、いち早く知財科目の導入と拡充を進めて注目を集めている大学がある。山口大学は、2005年の技術経営専門職大学院の開設を皮切りに、2013年には1学年全学部での知財科目必修化を実現。その後も学部から大学院に至るまで、知財教育の体系化を着実に進めてきた。すでに、卒業生の進路にも成果が表れ始めている。
大学における知財教育のパイオニアとして、山口大学はどのような目標を掲げ、どのような取り組みを行ってきたのか。また、知財のノウハウを身につけた学生にはどのような変化が起こったのか。
第1回、第2回、第3回に続き、同校における知財教育のキーパーソンとして、最前線で取り組みを進めてきた知的財産センターセンター長の木村友久教授に話を聞いた。
木村友久教授(以下、略) 知財に絡むリスクがあると気づいたときなどに自分で調べ上げ、アクションを起こすようになった。私のところにも、よく質問や相談に来たりする。たとえば、学生が卒業研究で企業と協力して動いたときに、その学生がつくったロゴを企業が勝手に印刷して配ってしまうという出来事があった。学生は、商標権の侵害がないかをきちんと調査してほしいと企業の担当者に訴えたのだが、聞いてもらえなかったため、私のところに相談に来たのだった。実際、その件は商標権侵害の可能性があった。後から対応をして事なきを得たが。
また、市役所がつくった懸賞ポスターの規約に間違いがあると学生が指摘して、市役所の担当者に驚かれたということもあった。やはり、効果は出てきていると感じる。
特に、地方はそうかもしれない。そうした企業や、知財部のない企業などに山大の卒業生が就職したら、知財の授業の経験が生きて、何か必要なことに着手しようと自分からアクションを起こすはずだ。現実の事件に即したテーマのワークシートを使って深く考え、議論するという、その経験が一回あるかないかで、恐らく一歩を踏み出すときの力が違ってくるはずだ。そして、そうした人材が入った企業は、知財のハンドリングのレベルがどんどん上がっていく。地方の企業にこうした人材を供給できれば、それもまた地方創生のひとつと言えるのではないか。
そう思う。ほかにも、著作権などの権利を侵害しないのものを作るために、どこまでの範囲を変えれば大丈夫なのかということを模索するような学生もいる。
人気のあるテレビ番組のポスターのパロディ版として就活イベントのポスターを作りたいと言って、自身が作製したポスターを持って相談に来た学生がいた。そのときは、顔写真や文字のフォントを変えたり、SNSのロゴを載せる際に許諾について調べたりする必要があることなどを指摘し、オリジナルのポスターと照らし合わせながら一緒に検討した。パロディとしてぎりぎりのものをつくることで、学生はどこまでの範囲を変えれば侵害にならないのか、その境目のところを探っていた。恐らくビジネスチャンスというものは、そうした境目の部分にあるのではないかと思う。
学生たちは、権利関係のリスクのあるなしについて、おおむね間違えずにぎりぎりのところを模索できるようになっている。ただ、ビジネスの現場では、相手方にすごくきめ細かい人がいる場合もあるので、企業の経済合理性とは関係のないところで一生に一度くらいは訴訟を起こされることもあるかもしれない、といった話もしている。そういうときは、専門の弁護士に頼むか、弁護費用が高い場合はあえて負ける方を選ぶのも経営判断として必要になるケースがあるだろうと話している。
卒業生の中に、明らかにこれまで前例がなかったような企業に就職する学生が出てきた。たとえば今年、大手音楽事業会社に入社し、1年目から知財部に配属された学部卒業生がいる。
また、工学部の学生を指定して採用したいと言ってくる企業もある。山大の工学部生は、必修の知財科目に加え、知財情報を検索し活用する科目「知財情報の分析と活用」をとっている学生もいるので、その実務能力に期待してのことだろう。そうした面をみても、すでに効果は表れていると言っていい。
もっとも、効果をしっかりと見極めるには、もう少し長い目で卒業生の活躍を見守っていく必要があると考えている。
工学系で知財について学んでいる学生の中には、やってみたいという学生もいる。知財情報が大好き、という学生だ。
山大は、技術経営専門職大学院のように、従来からの知財専門職を目指すことのできる学科もある。もちろん、よその知財専門職大学院に進むこともできるだろう。勉強したいという学生にはいろいろな選択肢がある。
Eラーニング教材を本格的に開発し、社会人向けの知財教育プログラムを拡充したい。すでに学校を卒業している人に、社会人として知っておくべき知財の知識とスキルを教育するための教材だ。それをシステム関連のところも含めて、どのように広げていくかが、今の検討課題。やはり、社会人向けのプログラムはEラーニングが望ましいだろう。そのための取り組みをこれからの1、2年で進めていきたい。
現在、理系大学院は全学科で知財科目を完全に必修化しているが、これに関しては検討課題もある。工学系の学生が多い学科はそれでいけるのだが、理学系のように純粋に基礎研究をしている学生たちの中には、もっと研究に時間をさきたいということをはっきりと言う学生もいる。それも一つの見識だとは思う。
ただ、ここで重要なのは、それでは理学部で数学などの研究をしている人たちにとって必要となる知財の教材とはどんなものなのかと考えることだ。
たとえば数学科であれば、プログラムの分野などで数学の理論がそのまま使われるケースがあるので、アルゴリズム系の特許を取ることがある。そういうところで知財との接点がある。
流体力学の研究をしている学生が、まさに、自分の学問が何に役立つのかがわからないと言っているのを聞いたことがある。それについても、たとえば原発の複雑な配管の端の方を洗浄するときにどうしようか、となったときに流体の研究が役立つということはあり得る話だろう。
研究だけをしている人たちにはその辺りのところが見えない。そうした研究が社会とどこかでつながっているということを教える教材が、どこかにあるはずだ。そういう教材をつくる方法を常に模索している。
研究だけで一生が終わるということはない。大学の教員になれば事情が違うこともあるが、それでも共同研究をしたり外部から研究費をもらったりするためには、どこかで役立ち、どこかで社会との接点がないと企業はなかなかお金を出してはくれない。
必要なところ、隙間になっているところを埋めていくのが、実践家として自分が取り組みたいことだ。ほかの人がやっていることを同じようにやろうとは思わない。
「今、ここが決定的に抜けている」というところをやっていきたい。だから、これまで教材がなく、人材育成も足りなかった「知財」という分野でそれをやっている。
小中高の知財創造教育の教材開発だろう。だから今、内閣府の検討委員会である「知財創造教育推進コンソーシアム」の委員として教材開発に取り組んでいる。先日の会議では、「情報Ⅰ」について教える際に、プログラミングの前段階のところとして、条件分岐をして例外処理をしていく作業に時間をかけることの重要性を強調した。プログラムを動かす際に現場となる実社会の実際のシーンで何が起こりうるか、想定が可能なあらゆるエラーを挙げ、解決方法を挙げていくということについて、生徒たちにじっくり考えさせる時間が今はまだ圧倒的に足りていない。実現象を分析して情報社会で役立つソリューションを検討するという作業は、事業戦略を考えることにもつながるはずだ。
取材・記事:知財ポータルサイト「IP Force」 編集部
[シリーズ大学の知財教育] 新時代の知財人材を育てる ~山口大の知財教育~
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